第4話 我は商人に贔屓にされる

 西方魔王領か……。われにとっては未知の国だよな。

 東方からもっとも遠いのは西方だった。間に人間の領土が挟まれるからな。

 だから、西方魔王領とは、われが転生した百年間で一度も貿易をしたことがなかったのだ。


 そうなると、人間の領土に売るより、直接西方に売った方が儲かるのか……。

 アタタカ村にはまだまだ魔龍杉が生えているからな。

 フフフ。この杉を売って大儲け……。

 って、いかんいかん。

 ついつい、面白くなってしまった。

 これだと、貿易主体の生活になってしまう。結局は魔王城と変わらなくなるよ。

 こうやって、仕事量を増やして、自ら首を絞めてしまうのが魔王の仕事だったんだ。

 われが求めるのは美味い野菜を作り、ゆっくりと暮らすスローライフなのだからな。

 金儲けは忘れよう。


 と、十本の魔龍杉を見つめる。


 ……とはいえ、所持金はゼロスタートなのだ。

 少しだけ、金を稼いでもバチは当たるまい。


「三十万コズン……。われと専属契約を結びたいのなら、一本につき二十万の上乗せは欲しいところだ」

「さ、三十万コズンですか……」


 フフフ。多めに吹っかける。商売の鉄則だ。

 ここから値引き交渉が始まるのが通例だろう。

 われの見立てでは二十五万コズンくらいが落としどころだろうか。


 パーゲルはノートに計算式をサラサラと書きながら、再び魔龍杉を見つめる。


「この魔龍杉は物がいい。加えて、木材にする加工技術がとても丁寧です。イネト様はさぞや立派な加工技術を持たれているのでしょうね?」

「………」

「王都の木こり職人でもここまで無傷にするのは難しいですよ。相当な技術だ……」


 技術ってか、切った杉を空中に浮かせて伐採しただけなんだがな。

 まぁ、無駄な傷はつかないから綺麗に見えるのだろう。


「わかりました。三十万コズンで手を打ちましょう」

「!?」


 マジか。

 まさか定時額の三倍の値段を了承するとは思わなかった。


「ですが、魔龍杉の専属契約は絶対ですよ。商売は信頼が大切ですから」

「うむ。心得ておる」

「あと、イネト様とは初めてのお取り引きでございます。魔龍杉以外でもなにかありましたら率先して相談していただきたいと思います。今後とも商人ギルド『リュック猫』をご贔屓にしてくださいませ」

「わかった。そうしよう」


 この男……われの実力を正当に評価しているようだな。

 われと懇意にした方が利益があると見込んだのだろう。


「おいパーゲル。おまえ……なかなかやるな。商人としては良い目利きだ」


 パーゲルはスキンヘッドをキランと光らせた。


「商人生活十五年。私の目利きは外れたことがありません」


 われは客室に通された。

 魔龍杉の専属契約の証文と、売買の事務処理をするためだ。

 別に、わざわざ部屋を移動しなくとも、倉庫のままでもこれくらいはできると思うのだがな。


 先ほどの受付嬢がお茶を持ってくる。


「イネト様。さ、先ほどは大変に失礼をいたしました」

「うむ。気にしておらん」


 これは良い香りだな。

 相当に高級なお茶だぞ。

 食器もかなり豪華な物だ。

 まるで貴族待遇じゃないか。


「新手のナンパかと思ったのです」

「なんの話だ?」

「だって……。イネト様はモデルか、舞台俳優かと思うほどにお美しい方ですから……。揶揄われていると思ったのです」


 ナンパか……。たしかに、この受付嬢は色気があってモテそうではあるな。

 部下のレイワーノンと負けず劣らずの美貌だ。タイトなミニスカートが妙にエロい。

 彼女は髪をかきあげながら頬を赤く染めた。


「ヴェロニカ・エッチーナです。麦わら帽子……。とてもお似合いですよ」

「うむ。イネト・アイザワだ。してヴェロニカよ。おまえはなかなかの美しさだ。われが誘えば合意してくれるのかな?」

「そ、それは……」


 と、いいかけたところでパーゲルが書類を持って入ってきた。

 ヴェロニカは小さな声で「いつでもオッケーです」と言って去っていった。


 うむ……人間の生活は悪くないな。


 われは魔龍杉を売って三百万コズンを入手した。

 ついでに、いい雑貨を買える店を紹介してもらう。

 パーゲルは王都の地図を広げて指差しながらいう。


「寝具はここ。食器はこの店。家具ならばここに良い職人がおります。すべての店に私の名前をお出しください。きっと良い対応をしてくれるはずですよ」

 

 われは教えてもらった店に行くことにした。

 パーゲルのいっていたことは本当だった。

 「『リュック猫』のパーゲルの紹介で来た」と伝えると値引きをしてくれたり特別な物を売ってくれたりした。

 

 われは購入したすべてのものを異空間収納箱アイテムボックスに入れる。


「ふむ。良い買い物ができたな」


 そのまま空を飛んで自分の家へと帰宅した。

 

 異空間収納箱アイテムボックスから取り出した物を家の中に並べる。

 ベッドに食器。ゆったりとしたソファー。床の絨毯はフカフカだよ。


「ふむ。良い感じだ」


 相変わらず、入り口扉と窓はないが、部屋の中は相当に豪華になった。


 扉と窓についてはアタタカ村の職人に頼むのがいいだろう。


 もう夕暮れ前だ。

 今日はもう遅い。

 作業は明日からだな。


 そういえば、朝から何も食べておらん。


 われは買ったばかりの鍋を取り出し、井戸から汲んだ水を入れた。

 それを作ったばかりの釜戸の上に置いて湯を沸かす。


「食料はじゃがいもだ」


 野菜だけは魔王城から持ってきてるんだよな。


 湯が沸けば、その中にじゃがいもを入れて煮る。

 じゃがいにフォークが簡単に刺さるくらいが頃合いだ。

 このじゃがいもは、あの甘いキャベツを作った者と同じ生産者の野菜だからな。

 塩を振らずにそのままいってみようか。


「はふはふ……。熱……」


 うまぁ………。

 じゃがいもの旨味が濃縮されているな。

 鼻腔の中にガツンと、じゃがいもの味がダイレクトに来るんだ。

 そして、舌いっぱいに広がるフルーティーな……。

 なんというか……。


「甘い……」


 そう、これも甘いよ。

 キャベツと一緒だ。

 野菜を甘く感じるなんて初めての感覚だよな。

 前世の日本でも味わったことないかも……。

 砂糖の振り掛けたような下品な甘みじゃないんだよ。

 なんというか、旨味に近い甘さ。

 美味すぎて涙が出そうになるよ。


ツーーーーーー。


 あ、もう出てたわ。

 それくらい美味いんだ。

 

 われは沈む夕日を見つめながら、最高に美味いじゃがいもを頬張った。

 二個はそのまま頬張って、三個目からは胡椒やバターをつけて食べた。


「味変……最高かも……」


 やっぱ、じゃがいもにはバターが合うよな。


 そよ風が運んでくるのは森の木々の匂いと濃い土の香り。

 この匂いは魔王城じゃかけないんだ。すごく落ち着く。


「はふはふ……熱。ふふふ……。いいな。こういう生活……」

 

 夜。

 ベッドに入ると、ガラスのないぽっかり空いた窓から星空が見えた。

 満点の星……。めっちゃ綺麗……。

 耳を澄ますと、虫が鳴いている……。

 鼻から息を吸い込むと、切ったばかりの杉の匂いが鼻腔いっぱいに広がった。


「ああ、落ち着く……」


 これだよ、これ。

 われはこういう生活を送りたかったのだ。

 部下に気兼ねなく、自然に囲まれて自由に暮らす。

 仕事に追われることなく、自由気まま。


 フカフカの寝具はわれが自分で買った物だ。

 魔王城でも豪華な寝具だったけどさ。部下が用意した物ばかりだったからな。


 この家も、家具も、全部自分で用意した。


「最高だ……」


 ふふふ。

 明日はこのじゃがいもを作った生産者をみつけよう。


 

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