第3話 我は木材を売る

 生活の拠点は荒方できた。

 家、井戸、釜戸。

 これだけ揃えば生きるのには問題ない。

 あとは、家具に食器、寝具……。快適に暮らせる生活雑貨が必要だな。

 木材を売って生活用品を買うとしよう。

 快適なスローライフには必要だろう。


 われは王都セントオルデンに飛んだ。

 ここは人間が支配する領土。市場が盛んなんだ。何度か人間に化けて潜入したことがあるんだがな。物を売るのは初めてのことだ。


 われは人目につかないように着陸した。

 

 木材を売るなら商人ギルドが手っ取り早いだろう。

 たしか、この通りを曲がった所にあったはずだ。


「うむ。あそこだな」


 商人ギルド、『リュック猫』。


 リュックを背負った猫が看板の目印になっている。


 われは麦わら帽子を軽く頭に押し込んだ。

 よし、行こう。

 

 可愛い猫のマークとは裏腹に、ギルドの内装は綺麗で品があった。

 出入りしている人間も身綺麗な者ばかりだ。

 商談する話し声は小声で上品。館内は独特の雰囲気があった。

 絨毯はフカフカで部屋全体がいい匂いがする。

 貴族とはまた違った気品に満ちているな。

 とても、麦わら帽子が似合う雰囲気ではないが、まぁいいだろう。


 受付嬢は美しい女だった。

 大きな胸とボリュームのある髪。

 長いまつ毛には女の矜持を感じさせる。

 われは受付嬢に木材を売りたいことを伝えた。


「はぁ……。木材を売りたいと?」

「うむ。われが直接来てやった。光栄に思うがよい」

われ…………………」


 彼女は目を細めてわれの身なりをジロジロと見る。

 やはり、この麦わら帽子が気になっているのだろう。

 しかし、この服装はスローライフをする上で外せんのだ。

 なんとしても許容してもらわんといかん。


「ここは商人ギルドですので、一般の方はご遠慮願います」


 はて?


「人間よ。よく聞くがよい。われは木材を売りたいだけなのだ。物を見て判断してくれ。あと、この麦わら帽子はファッションである」

「……麦わら帽子なんて気にしておりません。一般の方はご遠慮願います、と言っているだけです。森で拾った木材程度でしたら市場の方で直接売ってもらってはいかがかと」

「まぁ、たしかにな。森で拾った程度といえばそうなるだろう」


 簡単に伐採しただけだからな。


「しかし、量があるのだよ。市場で出せるほどのものではないのだ」


 すると、女は妙に嫌味たっぷりで聞き返してきた。


「は? 馬車で来られているのですか? それにしては表に見えませんが?」

「馬車?」

「だって、大きな木材なんでしょ? だったら馬車じゃないと運べませんよね?」

「いや、馬車なんか必要ないが?」


 女は語気を強める。


「いい加減に人を揶揄うのはやめてください! あなたの話は滑ってますよ。まったく面白くありません!」


 別にギャグをいっているわけではないのだがなぁ……。


「木材は異空間収納箱アイテムボックスに収納しているのだ」

「え?」


 われは大きな木の端っこを異空間から覗かせた。

 出ている分だけで三メートルくらいあるかな。

 少し見せるだけで木材の端は天井につきそうになる。


「これは、ごく一部なんだが……」


 全部出すと、ギルドの家具を破壊しかねないのだ。


「大きすぎると市場じゃ買ってくれないと思ってな」


 受付嬢は木のデカさにドン引きしていた。


「し、し、失礼いたしました! 査定する者をお呼びいたしますので、裏の倉庫にまわっていただけますでしょうか?」

 

 うむ。


 われは裏の倉庫に移動して、そこで売りたい木々を異空間収納箱アイテムボックスから取り出した。

 とりあえず十本くらいでいいだろうか?


 木を査定するのはスキンヘッドの中年だった。


「見事な魔龍杉です……。こんな立派な物は見たことがありません。どこでこれを?」

「うむ。アタタカ村の外れの森だ。最近になって住むことになった」

「ほぉ……。あんな小さな村にこんな立派な魔龍杉があったとは……。たしか、あそこは最近になって東方魔王に占拠された魔領区ですね。もう人族との貿易許可が出たのでしょうか?」

「うむ。つい先日、その手配をしたばかりだ。まだ末端には情報が解禁されていないのだろう。貿易は合法なので安心してくれればいい」

「え?」

「ん?」

「て、手配……とは?」

「あ……」


 われはゲフンゲフンと咳払いをして誤魔化した。


「ハハハ。まぁ、そういう話を堅い筋から聞いたのだ」

「そ、そうですか……。か、堅い筋ですか……」


 と、怪訝な顔を見せる。

 そりゃそうか。支配者の無許可の貿易は違法だからな。


「では、少し確認をいたしますので、ここでお待ちください」


 しまったな。

 つい魔王のくせが出てしまった。

 なにせ、昨日まで魔王の仕事をしていたからなぁ……。

 アタタカ村の貿易手配はわれがしたんだよ。


 スキンヘッドは汗を飛散させながら戻ってきた。


「いや。すごい! 最新の情報でした。まさか、もうすでにアタタカ村との貿易が解禁されていたとは。魔領区の情報を良くご存知で! ギルドでも周知されていないような情報を知っているとは! さぞや、お広い人脈がおありなのでしょうね!」


 男は握手を求める。


「ここでは買い取りの査定を担当しているパーゲル・ボーズと申します」

「うむ。われは東方魔お──」


 いかん。

 よくよく考えれば名前を考えていなかったな。

 引退した東方魔王バタケウス、などと名乗れるわけはないのだ。

 えーーと、人間になったから、人間の時だった名前を使おうか。


「イネト・アイザワだ」

「では、イネト様。この魔龍杉の査定額ですが……」


 と、パーゲルは額をキランと輝かせた。


「一本、十万コズンでどうでしょうか?」


 ふむ。

 これくらいの木材ならば、東方魔領区でも十万コズンで流通させていたな。同じ値段ならば悪くない。


 ちなみに十万コズンは城兵の半月分くらいの給料だ。円にすれば十万円くらいの感覚だろうか。


 われが返事をしようすると、パーゲルはノートに計算式を書きながらいった。


「少し……値段の交渉をしたいのですが……よろしいでしょうか?」

「ほぉ……」


 なるほどな。

 大量購入だから値引きしたいのだな。

 ふふふ。商魂たくましいやつだな。まぁ、嫌いではない。これが商人というものだ。


「イネト様が専属契約をしてくれるのならば、この魔龍杉は一本、二十万コズンで買い取らせていただきます」

「なに!? に、二十万コズンだと!?」 

「はい。一本につき、十万コズンを上乗せさせていただきます」


 いや、上がりすぎだろ……。

 この杉にそれだけの価値があるのか?

 ギルドの買取りはいわば卸価格だ。木材を欲しがる建築業者になればもっと高く購入するということになるだろう。

 一体、末端価格はいくらで売れるのだ?

 

「うーーむ……」


 こうなると、先ほどパーゲルが書いていた計算式が気になるな……。

 おそらく、一本の値段でどれだけの儲けが出るかを計算していたんだ。

 われが東方魔王だった時、貿易をしていたの三つの国だ。

 北方魔王、南方魔王……。そして、人間の領土。

 つまり、われの知らない貿易価格……。


「西方魔王領か」

「う……! さ、流石はイネト様だ。相当に手広く商売をされているようですね。やはり気づかれましたか」

「……まぁな」

「魔龍杉は西方魔王領では値段が高騰しているのです」


 だから、高値で買い取れるわけか。

 さっきの計算は西方に卸す値段を計算していたわけだな。


 ふぅむ……。人間同士、対等の関係で商売のやり取りをするのはなかなか面白いな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る