五、氷棺
しばらくして、唐突にドアが
鍵を掛けていた──などという事実は、勇者であり魔法使いでもある彼女の前では石ころのようなものであろう。
彼女の手から火球が放たれ、それは天井近くを
「ラナ」
俺は彼女の名前を呼ぶ──呼びながらも、視線の先はベッドの上に横たわるそれへと向けていた。
そこには金髪の女性が寝転がっていた。一目見て、
つまり、死んでいる。
「ラナ。マリアベルになにをした」
「それはこっちの
「────」
ラナの言葉に、俺はナイフで胸を刺されたかのように、呼吸を──あるいは心臓の鼓動さえも忘れた。
俺がマリアベルにしたことといえば、彼女の求めに応じず、待ち合わせ場所の噴水に行かなかったことである。そして彼女が死んでいることと結びつけて考えると──
「シルヴァ・ルーチェ川。あなたとマリアベルちゃんがよくデートしていた場所ね。彼女はそこに身を投げた。極寒の川の水は、彼女をあっという間に氷のように冷たくしてしまった」
「お前……見てたのか?」
「うん。見ていたよ」
「だったらなんで助けないんだ!」
「彼女を殺したのはあなた。あなたが彼女の気持ちを
「それは──いや、違う。お前が助けなかったせいで彼女は死んだんだ。お前が勇者のくせに助けなかったから……」
「勇者の前に一人の女よ。なんの義理があって勝手に死んでくれた
「でもお前は、見殺しにするようなやつじゃ──」
「あたしが見殺しにするようなやつなのは、あなたもよく知っているでしょ」
「…………」
俺はぴくりとも動かないマリアベルに近寄った。その手に触れてみると、ぞっとするほど冷たく、氷そのものに触れているかのようであった。
「さて、約束の『聖夜祭の日の夜の十二時』まであと少しだね。マリアベルちゃんも死んだし、あたしたちの結婚を邪魔するものはもうないよね」
「お前が見殺しにしたからマリアベルは死んだんだ。いや、最初から殺すつもりでこの勝負を始めたのかもしれない。だから俺は……この結果を認めない」
「この
「──なにかしたのか?」
「あたしはあなたにお似合いのクズ女だからね。えっと、あなたがあまりにも
「仕掛けた?」
「うん。約束のことを彼女に話したの。『今日中にソールがマリアベルちゃんへのプロポーズを成功させられなかったら、あたしがソールと結婚する』ってね」
「…………」
ドアに挟まっていた紙きれ。それに込められた想いを、今になって理解する。
「彼女はあなたを信じて噴水の前で待ち続けていた。でも九時を過ぎても、十時を過ぎても、あなたは現れない。そして絶望し、あなたとの思い出が詰まったシルヴァ・ルーチェ川に──」
「違う。きっとお前が他にも……」
「違わない。あのさ、このあたりのことはそろそろ認めてくれないと話が進まないんだけど。あなた、あたしに頼みたいことがあるんじゃない?」
ラナはなにを言っているのか。ラナは俺になにを言わせたいのか。
その意図は考えるまでもない。
「ラナ」
「なあに?」
「マリアベルを生き返らせてくれないか? できるんだろう? その──なんでもするから」
「あたしは
「嘘だ。蘇生できるからこそ俺にこんなことを言わせるんだろ」
「できるけどね。彼女は死んで間もないし、死に方も綺麗だから、世界にいくつもない貴重な魔法薬を使えば生き返すことができる。あら、偶然、あたし今そのお薬を持っているわ」
彼女はわざとらしくそう言って、不思議な色の小瓶をポケットから取り出した。
「で、可哀想なソール君。今、なんでもするって言ったよね? その言葉に嘘はないよね?」
俺は彼女の
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