四、逃避

 女性に対しては根性なしの熟成されたクズみたいな性格──


 ラナは俺のことをそう評したが、それはぐうの音も出ないくらい的確な表現であった。


 今日は聖夜祭の当日である。ラナからは一週間という猶予を与えられていたにも関わらず──結論から言うと俺はマリアベルにプロポーズはしていないし、その準備もしていなかった。


 それどころかマリアベルに会わないように、彼女のいない時間を見計らって店に納品したり、彼女と出会いそうな場所には近寄らなかったり、明らかに彼女を避ける行動を取っていた。


 プロポーズに自信がないわけではない。むしろマリアベルはどんな形であれ俺のプロポーズに応じるだろう……という予感があった。それでも俺が行動に踏み切れないのは──


 ただの現実逃避。


 マリアベルは跡取り娘なので、結婚すれば当然、彼女ともに家業の薬屋を継ぐことになる。もし大きな失敗をすれば彼女だけではなく、彼女の家族にも迷惑をかけてしまう。


 、俺はプロポーズとその後に続く生活からげることを選んだのである。結婚すれば幸せな毎日が待っていることだろうが、それよりも責任や束縛、新たな人間関係の構築などからのがれたいと考えてしまっていた。


 その結果としてラナと結婚することになっても構わない……と思っているわけでもない。言うまでもなく、『勇者ラナと結婚』なんてことになれば、薬屋を継ぐのとは比較にならないくらいの重責を負うことになる。


 しかし根拠もなく、そうはならないと信じ込んでいた──いな、信じ込もうとしていた。



***



 聖夜祭の賑わいは夜中まで続く。その街の光からものがれるように、俺は真っ暗な自宅へと帰り着いた。


 玄関のドアを開けると、誰かが挟み込んだと思われる紙きれがはらりと落ちた。俺はそれを拾い上げてから部屋に入り、手持ちのランプに火をともすと、その紙に書かれたを読み上げた。


『夜九時。中央公園の噴水の前で待っています。マリアベルより』


 すでに九時は過ぎている。しかし急いで行けば彼女はまだ待ってくれているかもしれない。


 それでも──俺は彼女の待つ場所に行かなかった。

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