二、再会

 そんな甘くも酸っぱくもない──薄い塩味だけの具のないスープのような日々も、今となればすっかり良い思い出である。


 あれから十二年が経ち、俺は三十歳になった。彼女も次の聖夜祭には三十歳になるだろう。しかし固いパンを食べながら交わしたあの約束が


 何故なら、彼女は今や『勇者ラナ』として英雄視される存在であり、相変わらずの『薬草摘み』である俺と結婚する可能性は──仮に彼女が独身だとしても、皆無だからである。



***



 十八歳になった俺たちの一年はまさに激動だった。ラナはプライドを捨て、俺と一緒に頭を下げて回り、他の冒険者パーティに入れてもらったり、剣や魔法の教えを乞うたりした。


 土下座もした。暴力を受けたり、屈辱的な要求をされることもあった。それでも俺たちは励まし合って、助け合って、冒険者として生き残るために、できることをすべてやった。


 その結果、次第に彼女の才能は開花し、たった一年で上級Aランク冒険者になるという大出世を果たした。スライムしか倒せなかった彼女が、なんと一人で凶獣バジリスクを倒せるまでに成長したのである。


 こうなると彼女には、まったく成長することのない俺とのコンビを継続する必然性がなくなる。そして多少の悶着があった末、俺と彼女の二人パーティは解散することになった。その後、彼女は優秀な仲間たちとともに世界各地を巡り、ついに去年、世界四大災厄の一つ『魔神フォルティ』を討伐し、勇者と呼ばれるほどの名声を得た。


 一方、俺の仕事は相変わらずの薬草摘み。ただし随意契約をしてくれる道具屋が見つかったおかげで安定した収入を得ることができるようになり、細々とだが人並みの生活を送れるようになっていた。


 なお、まだ独身である。しかしなんとも不可思議なことに、こんな俺に対してそれなりに親しくしてくれている女性がいる。


 その女性──マリアベルは、贔屓ひいきにしてくれている薬屋の一人娘である。仕事で会う以外にも、たまに一緒に川べりを歩いたり、喫茶店でお茶を飲んだりしている。手編みのセーターをプレゼントされたこともある。そんな彼女に対して俺は好意を抱いているけれども、最下級ランクの冒険者である俺が裕福な家の跡取り娘である彼女に求婚するわけにもいかず、関係が進展することはなかった。



***



 聖夜祭に向け日に日に華やかになっていく街中まちなかを、俺は一人きりで歩いていた。いつもは地味な暖簾のれんを垂らしているだけの小料理屋も、この時期だけは星やハートの形のイルミネーションで精一杯着飾っている。


 浮かれた様子で笑いながら歩く若者たちのグループを避けるため、俺は道の端に立った。そして彼らが通り過ぎるのを待って──


 歩き出そうとしたとき、正面に女性が立っていることに気付いた。


 ジーンズ生地のパンツに色気のない灰色のコート。ニット帽を被り、サングラスをしている。


 そんな様子でも一目で分かった。この女が誰であるか。


「勇者ラナ」


 俺が言うと──


「あなたにそう呼ばれるとなんだがムズ痒いね。ソール、久しぶり。会うのは十年ぶりだよね。元気にしてた?」


 彼女はあのときと変わらない声で返事をした。

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