第3話 乙女ゲーム・スタート
緑の髪は、人間離れした美貌の辺境伯家の特徴。貴公子然として、人を寄せ付けない厳しい雰囲気を纏うが、時折見せる優しさが心に響く貴族令息。
自信漲る言動をとるが傲慢ではなく、落ち着いた紫紺の輝きの髪そのままの、落ち着きと優しさを持つ大魔導士。
雄々しい勇者でありながら、心寄せる相手には仔犬のように明るく寄り添う。接する相手を、心の底から暖めてくれる赤髪の青年。
人でなく、神の眷属である美しき火龍の化身と、水の聖霊王は、絶大な力と深い愛で、ひた向きに想いを寄せるヒロインの愛に応える。
◇
「ねぇ、そこに女の子が座ってなかったっけ?」
「なに言ってんの? バス停も無いのに、乗り降りする人間いるわけないでしょ」
「だよね……」
◇
ゲームの中の彼らに、惹かれる女性は多いかもしれない。
けれど、花緒里には物足りない。
だから一心不乱に指を動かし、物語の世界に没入する。
◇
「あれ? 今日もその席空いてる」
「変だね。こんな混んだバスでそこだけいっつも」
「やっぱそこに誰か居たよね?」
◇
物語の中を、探しに探す。ゲーム世界の隅々までもを見渡すべく、気持ちを2次元の中へ沈める。
意識がまるごと吸い込まれて行くにつれ、世界が鮮明に花緒里の中で存在感を増す。
◇
「やっぱ3日前から、その窓際の席だけ空き続けてるのっておかしくない?」
「ちょっと気持ち悪いかも」
「ねぇ。ちょっとその話、聞かせてくれない?」
◇
そしてようやく、水底に広がる神殿を見付けた。
水の聖霊王、ヴォディムの隠された居所を――。
『呆れた、本当にやって来たノネ』
無表情な爬虫類顔なのに、面倒臭そうに大きく歪むのが妙に人間らしい。
青い水龍が、神殿に踏み込んだ花緒里の前に現れた。
「わたしは貴方に会いたくて、このゲームをやって来たの」
『嘘をつけ。大抵の者は、世界の主の意図に操られ踊らされているにすぎんノネ。
取り繕った理由を並べても、お前の思惑なぞ分かっている! 我の目は誤魔化せんノネ』
猜疑心に満ちた水龍の、鋭い双眸が暗い色を宿して花緒里を捉える。
(思った通り! この龍は、ここに来る者を全力で拒否してる。彼に寄せ付けたくないから)
水龍の真っ直ぐな敵意が、花緒里には鬱陶しくも心地よく、共感をもって全身に染み入る。
自然と浮かんだ笑顔を向ければ、水龍は目に見えて狼狽えだした。
「心配しなくても、貴方の大切な水の聖霊王に興味なんて持ってないわよ」
『え?! は? なんっ! 何をいってるノネ!! 我は主のことはなんっ……なんにも言ってなどおらんノネ!?』
動揺のあまり口ごもる水龍は、自身の駄々漏れる執着心が本当に知られているとは思っていなかったのだろう。
『我は、ここへ招かれるお前たちのように、浮わついて
「貴方こそ、取り繕わなくっても良いのに。ここはゲームの中でしょう?」
クスクスと笑う花緒里は、目の前の鬱陶しくも強い共感を覚える水龍が愛しく思え、そっと手を伸ばして長い鼻先を撫でた。
やはりこの水龍は、想う気持ちを持て余して苦しんでいるのだ。
(わたしと同じね)
ゲームの中だと言うのに、水龍の肌は冷たく硬い。しっかりとした質感に、花緒里は大きく目を見開いた。
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