第2話 幼馴染みとの距離感
最近、ことあるごとに瀬名 千颯の側には同級生のとある女生徒が陣取るようになった。
高校から一緒になった彼女のことは、同グループではないにしても、同じ学年である花緒里も何となくは知っている。
向こうも、千颯と花緒里のことには何となくは気付いているのだろう。折々に、友人らと意味ありげな視線を向けてくるのだ。牽制とでも言うべきものか。
なのに、千颯は彼女を側におきながら、花緒里に対してはいつも通りの態度を貫くのだ。そんな彼に何とも言えない気持ちが込み上げてくる。
付き合っているわけではなかった。親同士の仲が良いわけでもない。家がたまたま近く、ことあるごとに出会うことの多かった、ただの幼馴染み。
余所余所しい態度を取られたいわけでもないが、いつも通りすぎる彼に何とも言えない気持ちが込み上げるのだ。
(だから、いつも一緒になってしまうバスもずらしたのよ)
知らず唇を噛み締めて、花緒里は俯いた。
きゃあ、と一際華やいだ声が一角からあがった。目を向ければ、瞳を輝かせ、頬をピンクに染めた女生徒が、手にしたスマホの画面を、自慢げに周囲の女生徒へ見せている。
「見てみて! じゃーん、水の聖霊王ヴォディム様、ついにゲットしましたぁ」
嘘でしょ! 凄い、羨ましいっ! と、周囲から声が上がり、一躍主役の座に躍り出た女生徒は、得意気にスマホの画面を見せびらかす。
画面には、乙女ゲームのスチルらしく怜悧な美貌の男と、庇護欲をそそる美少女が手を取り合う姿が映し出されている。
その画面のなか、何の脈絡もなく――ただ邪魔をするように――フワリと青い龍が横切った。
「え!?」
思わず声をあげた花緒里に、幾人かが反応した。思いがけない注目を浴びた彼女は、慌てて口を噤んで窓の外へと顔を背ける。
花緒里に向けられた視線は、さして面白みもない彼女からあっという間に興味と共に逸れた。
(何? あの龍……。あの子達は何にも気にならなかったの!?)
何故か花緒里は、一瞬画面を横切っただけの龍の姿にゾクリと背筋が冷えたのだ。自分の奥底に仕舞い込んだ、仄暗い感情を刺激される危機感ともいえる感覚だ。
けれど、本能的な厭わしさと同時に、シンパシーをも感じてしまった。心が共鳴した。
これまで、乙女ゲームに興味はなかった。なのに、一瞬姿を見せただけの水龍に、惹き付けられてしまった。
感情を圧し殺し、起死回生の何かを暗い瞳の奥で狙い続ける姿に。
(あの龍を知れば、自己嫌悪しそうで持て余している、今のわたしの気持ちを、飲み込めるかもしれない)
ふいにそんな思いが沸き上がり、自分の意思を飛び越えて、誰かに腕を操られ――導かれるように、スマホを操作する。
手元の小さな画面に、6人の美麗な青年と、華やかなエフェクトで煌めくタイトルが映し出される。
『虹の彼方のダンテフォール ~堕ちる神と滅びる世界で、真実の愛が繋げる奇跡~』
【start】◀️
女生徒たちの声がバス内で遠く響く。
「そう言えば、二年の子がやってたゲームのタイトル、知りたい?」
「なになに!? 聞かせてよ、それって人喰いゲームのことでしょ! どれか分かってんの!?」
「それがね、同クラの子が聞いたらしいんだけど……
なんと! 虹ダンだって!!」
とっておきの秘密を暴露する得意気に張った声に、女生徒たちの非難の声が重なる。
「なにそれー! それだったら、あたしらもヤバイじゃない」
「そんなんじゃ、怖くもなんともないからー」
キャハハと、女生徒達の口から放たれる笑い声が、耳鳴りのように遠く、煩わしく頭の中で反響する。
(うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……
こんな現実から遠ざかりたい。わたしを苦しめるだけのアイツなんかが見えないところへ!)
気付けば、画面をタップする指の感触が――消え去っていた。
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