【短編】じれ恋なんて望まないから、君の前から消えさせてもらいます!

弥生ちえ

第1話 人喰いゲーム


 仄暗い感情に心が侵食される。




 彼の側に居る誰かを見るだけで、ギリギリと胸が締め付けられる。


 引き裂きたい思いに駆られる。





 柚葉 花緒里は、そんな自分が嫌だった。










 花緒里が朝のバス時間をひとつ遅らせたのは、一週間前からだった。


 いつも乗っていたものよりひとつ後の、20分遅く学校最寄りの停留所へ到着するバス。同じ高校の制服を纏う生徒で席がほぼ埋め尽くされているのは同じ。


 ――にも関わらず、車内の雰囲気はどこか違う。


「人喰いゲームがあるらしいよ」

「知ってる! 2年の子が危なかったらしいってね」

「うっそ! そんな近くで!?」


 きゃあ、と、女生徒の楽しげな小さな悲鳴が上がる。僅かに遅い到着を選ぶ生徒たちの乗るバスは、先の便と比べると、どこかのんびりとした緩い雰囲気に包まれている。

 だからか、花緒里がこれまで聞くこともなかった噂話や、人気のソーシャルゲームの話も、自然と多く耳に入った。


(人の気も知らないで、楽しそうに……)


 花緒里は、窓枠に肘をかけて頬杖を突きながら、外を流れる景色に虚ろな視線を向けつつ、溜め息を吐く。


 何の悩みもなく、きゃっきゃと華やいだ声をあげてJKを謳歌する彼女らと、陰鬱な気持ちの晴れない花緒里の不条理なコントラストが胸の靄を濃くする。


(あー、やめやめ! 悩むのも馬鹿馬鹿しいわ。あんなヤツのことでっ)


 グッと顔全体を大きく顰めて、気合いを込めて目を開ける。すると、窓に映り込んだ吊革に掴まる同級生と、目が合った。


(気まずっ!? それもこれも、アイツのせいなんだから!)


 上手くいかないどれもこれもを、ただ一人のせいにして、心のなかで苛立つ気持ちをぶつける。


 花緒里がいつもと違う行動を取らなければならない理由を作ったのは、近所に住む同級生、瀬名 千颯が原因だ。


 色素の薄い茶色がかったサラサラの髪に、怜悧な印象を受ける切れ長の目。親しげな笑みを向けるでもない、無愛想が基本の彼が、今は花緒里の心を酷く波立たせる。


(このままだったらわたし、まるで気にしてないアイツに、憎いとか、消えればいいのにとか、絶対に言ってしまうから)

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