第5話 シンクロニシティ
「その説とは?」
「シンクロニシティ、つまり「共時性の理論」です」
「シンクロニシティ?共時性の理論?」
「そうです。これついても色々な解釈や学説があるものの、僕ちゃんの解釈では、異なる物事が時としてそれが偶然重なる事があるが、それ自体、それなりにある一定の法則に基づいているとする理論です。
諺に例えれば、「類は友を呼ぶ」とか「泣きっ面に蜂」、「二度ある事は三度ある」と言う事を、理論付けした学説だと思って下さい。
つまり早い話が、今まで起きてきたような超常現象の存在を理論付けした説なんですよ」
「シンクロニシティか?と言うと、最終的な結論は、一体何なんやろ?」
「それは、総務係長、この部屋を見て下さい。この部屋は、正にホラーだらけでしょ。これが真の原因なんですよ。これが今までの総ての怪事件を引き起した総ての原因なのです。
この部屋中に漂っている妖気を感じませんか?ぼ、僕ちゃんには感じます。この部屋には異様な魔力があるがです。ところで、総務係長、この部屋の中に、何かとても変わった本か、ビデオか何か持っていませんか?」
「いや、極普通の市販しているものばかりや。田辺君も、この私を変人か変態みたいに言っとるけど、単にホラー小説を書こうとして集めた資料ばっかりや。もう変わった物なんか一つも持っとらんわ」と、私が、弁解がましく反論していたその時である。
田辺君の目が異様に輝いた。そして、机の上に無造作に放り出してあった私の執筆中の小説『針いっぱいの密室の部屋』を手に取って読み始めた。
次の瞬間である!
「こ、これや!総務係長、この小説が諸悪の根元ながです!
この小説自体に、怪事件を引き起こす魔力があるのです。直ぐにこの小説の原稿とUSBメモリー等を焼却しなければ、もっともっと悲惨な事件がこれからも起きますよ」と、私の小説の外に、黒魔術の本や、神秘密教の本や、スプラッタービデオ等を指差したのである。
「ダラな(馬鹿な)!単なる一素人が書いただけの小説やぜ。そんなもんに一体何の力や魔力があると言うんや。しかも、まだ完成もしとらんし、何処にも投稿さえもしとらんがいぞ。全くの只の紙切れやないか」
「だからこそ、シンクロニシティなんです!超常現象なんです!この『針いっぱいの密室の部屋』の小説を、ピラミッドの頂点として、この部屋には、オカルトの世界で言う亜空間というか、異空間が構成されてしまっているのです。
この亜空間から発する邪悪な魔力が、総務係長の周辺の人々に襲いかかっていって、今までの色んな怪事件が引き犯されて来たのです。もっとはっきり言えば、総務係長自身のホラー小説を書かねばというもの凄い執念も、ある意味、その大きな要因となっているがです」
「じゃ、つまり、私も今回の事件に関与していると?」
「勿論ですとも。総務係長のその目の下の黒いクマや最近の人相の悪さも、結局はこの亜空間から発せられている魔力のせいながです。ともかく、ぼ、僕ちゃんの言うとおり早く処分しないと、今度は、総務係長はもとより、あの美しい大学生の娘さんや、係長のお嫁さんにまで、今度は間違い無く災難が降りかかりますよ。ともかく、早く!早く!早く!」
私自信は実は半信半疑であったが、この半年間を思い起こし、また、狂ったように絶叫する田辺君の気迫に負けて、彼の忠告に従う事にし、私の家の裏庭に田辺君の指示した本やビデオ類を運び出した。
田辺君は、空で軽く十字を切った。エクソシズム(悪魔払い)の真似事らしい。
そして、うず高く積まれた、一連のホラー関連品に、火が放たれた。
8月初旬の雲一つ無い空へ、私の下手な小説はあっと言う間に燃えて煙となり、この世から消えていった。そして、一連のホラー関連の書類等が燃え尽きた時、
「シンクロニシティの崩壊です!!!」と、まるで医者が患者の死亡を告げるかのように、冷静に、田辺君が宣言した。
確かに、それからというもの、あれだけ続発した怪事件はピタリと止んだのである。
11月末の土曜日、世間は、来月からの年末商戦やクリスマス商戦の準備を控え、賑わっていた。
私は、来年の4月に地元の大学の卒業式を迎える一人娘の彩と、私の妻と、三人で町へ晩ご飯を食べに出かけていた。
私の娘は、自慢の一人娘であった。他人から言わせると、「鳶(とんび)が鷹を生んだ」と言う。
何しろ、私は身長は166センチ程度しかないチビであり、禿げて痩せているのに対し、私の娘は168センチ以上もありグラマラスである。今は亡きあの石嶌聖美に勝るとも劣らない美貌をしていたからだ。勿論、これ以上書くと単なる親馬鹿になってしまうので、娘の描写はここで差し控える事にしよう。
さて、味が自慢のラーメン屋でラーメンが出てくるのを待っている間、娘と、たわいもない雑談を交わしていたのだが、その中で、例の、近所の女子大生の話となった。
そこで、私の娘は少し私の心に引っかかる事を言ったのである。
「あの両親と祖父を殺害して、焼身自殺した原さんね。私の2年後輩なんやけど、中学校時代から私に憧れていたがいと。少しレズっけがあったのね。それでね、私が福祉学科へ進学したので自分も同じ大学の同じ学科に進学したがいと。剣道はめっちゃ強かったけど、あれで相当な美人で可愛いかったのに、どうしてあんな残虐な事件を引き起こしたのか、この私には、どうしてもわかんないの。
ここだけの話なんやけど、私のメルアドやラインを教えてくださいと泣くように頼むので教えてあげたらね、1日に1回はいつもラインを送ってくれてね。
そしたら、あの事件を引き起こした、その前日のラインでは、明日、お父さんの勤務している福祉施設へ午後から福祉実習に行く予定だって書いてあったんよ。
だから、あと1日違いで、もう少しでお父さんが、原さんの両親や祖父の替わりに、大鉈(おおなた)で切られていたかもよ」と、ちょっと不気味なジョークを交えて話をしてくれた。
しかし、今の話は初耳であった。というのも、私は、例の全裸自殺した近所のお嫁さんの葬儀の手伝いに行っており、その原さんと言う女子学生の福祉実習の話は全く聞いていなかったからである。
次の日、私は、どうにも昨日の話が気になって、11月末日の日曜日に休日出勤し私の施設の業務日誌を見返してみた。
おお!しかし、こ、これは、何という偶然なのだろう。
近所の原さんと言う女子大生は、確かにあの事件を引き起こした当日の午後に福祉実習に来ていたのだった。また、あの全裸で自殺した近所のお嫁さんも、自殺した事件の当日の午前中に私の施設にボランティアでシーツ交換に来ていたではないか。これは、単なる偶然の一致なのだろうか?
いや、これこそがシンクロニシティなのだろう。あんな奇怪で残虐な事件を起こした者同士に、ようやく、ここに一つの接点が見い出せたのである。やはりここは、田辺理論で解決するしかないのであろうか?
「何ともあれ、あれだけ、オカルトや超心理学は信じたくなかった私も、遂に、オカルト信者にならざるを得ないようやの」と私は、自嘲気味に呟かざるを得なかった。
ところで、私は、例の田辺君の指摘により、ホラー小説の執筆を諦めてからというもの、少しづつ部屋の整理整頓に努めてきていた。ただ、その量は半端じゃなかったので、部屋の整理整頓をするにも結構時間がかかってしまったのである。
さて、ある休日の夜、私が部屋の整理整頓を行っていると、勤務先の書類も何冊か出てきた。重要な書類はコピーして自分で保管する事もあったからである。
その中に、職員採用の書類のコピーが、一冊のファイルになっていた。何気なくそのファイルを見ていた。今は亡き石嶌聖美の履歴書もあった。更に遡って見ていると、あの田辺君の履歴書のコピーもあった。
特に目を引いたのは、その大学の学部の欄であった。あの田辺君は、最初は薬学部に入学しており、大学3年生の時に同じ有名私立大学の文学部心理学科に学部編入していたのだ。しかも、その後、東京の大手の私立大学病院の精神神経科に勤務後、約2年の勤務の後、この郷里の老人福祉施設に勤務した事になっている。
私は、ここに至って急に疑問を感じ始めたのだ。今まで純然たる文学部心理学科出身とだけ聞いていた田辺君が、何と、薬学部在学の過去があったというのは奇妙な驚きだったからだ。
しかも、東京の大手の私立大学病院に勤務していた事もあったのである。
だがこれは、非常に不思議な話であって、あれだけ饒舌で色んな話をしてくれる田辺君が、この2点(薬学部に在籍していた事と、東京の私立大学病院に勤務していた事)については只の一言も話してくれなかったのである。
有名私立大学心理学科卒であれば、その知識を生かすために、私立大学病院へ勤務していたって別に隠す事は無い筈であろうに……。
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