2-6:僕たちは、何も知らない。何もわかっていない

 これは、一体どういうことなんだろう。

 朝になってもタケユキは戻らず、どこへ消えたのかと不思議に思った。ミズナちゃんと目を見合わせて、すぐに外へと様子を見に行く。


 足は自然と、昨日の児童公園へと向かった。この近辺で思いつく場所なんて、他にはあまりない。


 そして、僕の勘は正しかった。


「これ、タケユキだよね?」

 公園の半ばに立ち、僕は呆然と呟く。


 ミズナちゃんもじっと立ち尽くし、目の前にあるものを見つめていた。


 シーソーのすぐ前に、『タケユキらしきもの』が立っていた。


「どうして」とミズナちゃんが声を漏らす。


 そこにいるのは、タケユキの姿をした『何か』だった。

 ブルーのジーンズに緑色のシャツ。顔には眼鏡。

 顔だってどう見ても、タケユキ以外の誰でもない。


 でも、昨日までと明らかに違う。


「タケユキ、どうしちゃったんだよ」

 僕が呼びかけるけれど、一切の反応が返らない。


 タケユキは現在、暗い表情を浮かべている。そのまま顔を俯かせて、シーソーの脇にじっと佇んでいた。


「タケユキ、どうしたんだよ。何があったんだよ」


 体の中が冷たくなる。落ち着かない気持ちになって、僕は必死に呼びかけ続けた。「ナー、ナー」と実際に鳴き声まで出し、タケユキの体に触れようと前足を伸ばす。


 この姿はまるで、『あいつら』と同じだ。

 事故現場の男の子や、タケユキを殺した女の幽霊。


 そいつらと同じように、言葉を発さず、ただ立ち尽くすだけの存在となっている。


 頭が追いつかない。何が、と考えるけれど、浮かんでくるものはなかった。


「ナァーオ、ナァーオ」と、僕はただ鳴き続けるだけだった。


 その途中、ミズナちゃんがビクリと体を動かす。

「パルちゃん。ダメ」


 ミズナちゃんに言われ、僕は鳴くのをやめる。ミズナちゃんの目は公園の入り口の方を見ており、僕もすぐに振り返った。


 男の人が立っていた。

 公園の入り口に足を止め、僕たちのいる方へ真っすぐに目を向けていた。


 でも、見ているのは僕じゃない。

 ワイシャツ姿の男の人は、僕へと一度目を落とす。不気味なものでも見るように、眉をひそめて『タケユキ』のいる空間をまじまじと見た。


 まずい、と思った時には遅かった。

 すぐ横で、ユラリと動く気配がする。


 ずっと動かなかったはずのタケユキが、ゆっくりと前へと向けて歩き始める。その先で男の人は凍りついたようになっており、ただ呆然と目を見開いていた。


 ダメだ、とタケユキに向けて前足を伸ばす。


 瞬きするほどの間しかなかった。

 男の人へと向け、タケユキは静かに手を触れた。





 どうして、こんなことになったんだろう。


「誰かを殺したいっていつも思ってたから、あんな風になっちゃった?」

 ミズナちゃんが首をかしげ、考えを一つ口にする。


 哲宏たちの家に帰り、一階のリビングで向かい合う。

 今日まで、タケユキが邪魔で仕方なかった。この家が窮屈で仕方なかった。

 でも今は、あいつが消えたことが不安に思えて仕方ない。


「どうなんだろう。タケユキも、ミズナちゃんと同じように普通でいられたのに。あの変な悪霊みたいな奴らと同じになった」


 時間が経ったのがいけないのか。でもそれなら、ミズナちゃんは四年間も今と同じままの状態でいる。


「写真を撮られたから? それがいけなかったのかな」

 僕が言うと、ミズナちゃんは首をかしげる。


「わからない。カメラを向けられたって、必ず幽霊が写るわけじゃないみたいだし。車の中とか携帯電話の中とか、あちこちカメラはあるから。それだけであんな風になっちゃうんだったら、わたしだって今頃はきっと」


 答えがわからない。

 ミズナちゃんは両腕で自分の体を抱きしめて、じっと顔を俯かせる。


「わたしも、隆太のことを殺してやりたいって思った。何度も、呪ってやりたいって思った。でも、そんな風にはならなかった」


 気持ちが足りなかったのか。ミズナちゃんは優しいから、心の底からは誰かの死を願わなかった。そういう考えでいいんだろうか。


 嫌だな、と強く思う。

 理屈がわからない。いつの日か、ミズナちゃんも同じようになってしまうかもしれない。


 僕たちは、何も知らない。何もわかっていない。

 そのことを、嫌というほど思い知らされた。





 タケユキはずっと、元に戻る様子がない。

 次の日も見に行ったけれど、やはり無言で公園に留まるばかりだった。


 本当は声をかけたい。お前に何があったんだ、って。あの日の夜、なんで急に家から出ていったのか。その先で、お前に一体何があったんだ。


 怖い幽霊でもいるんだろうか。僕たちが出会っていない『何か』がいて、それと遭遇したからタケユキはこんな風になったのか。


 早く、答えを見つけなきゃ。ミズナちゃんまで、同じ風になっちゃう前に。

 そんな風に、ずっとタケユキだけを観察していた。


 どれくらいの時間、僕はこの公園にいただろう。

 ただ怖いと思っていた。焦る気持ちばかりがあった。


 そのおかげで、『この可能性』にはまったく気づけないでいた。


「あ、パルメザンじゃないか」

 夕方を過ぎた時間、聞き覚えのある声が耳に入った。


 後ろを向くと、見知った顔が二つある。

 アツヤと花見ちゃん。二人は僕を見て、目を白黒とさせていた。


 僕はどうして、気づかなかったんだろう。


「これ、絶対にタケユキだよね。タケユキの幽霊が出るってネットに出てた後、そこにパルメザンまでいる」

 アツヤは『スマホ』を手にし、花見ちゃんと目配せをした。


 そして、腰を屈めて僕を見た。


「一体、何が起こってるんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る