2-4:俺が殺したいのは、こいつらだ
最近、ミズナちゃんは二階に籠りきりだ。
一階のリビングにはタケユキが居座っているため、あまり顔を合わせないようにしている。僕もタケユキの傍は嫌だから、昼間はなるべく二階に移動し、ミズナちゃんと一緒に階段の上で過ごすようになった。
螺旋状になった階段を登ると、その先には細い廊下。右手の方には手すりと欄干があり、下のフロアが見下ろせるようになっている。
「ずっと、いるつもりなのかな」
僕が上がってきたのを見た後、ミズナちゃんは欄干の間から下のリビングを見る。真下ではタケユキがずっとソファの上で寝そべっていた。
「どうしようね」と僕も呟く。
どこかに幽霊退治の方法があればいいのに。成仏させるのでもいいし、タケユキを地獄に送る方法とか。それが出来れば、呪いが発生するのも防げるのに。
おばあちゃん、と心の中で呼ぶ。
月岡馨子だったおばあちゃんなら、答えを知っていたのかな。
「ねえ、ミズナちゃんはどう思う?」
「なあに?」
「ほら、おばあちゃんが呪いにやられたかもしれない話。僕は前に、おばあちゃんのところに小学生くらいの子たちが何かを相談に来てたのを見たんだ。もしかするとあれは、おばあちゃんが『霊能者』だから、幽霊の問題について相談に来てたんじゃないかなって」
「うーん、どうなんだろう」
ミズナちゃんは腕組みをする。
「とりあえず、わたしはあの公園で暮らしてたから、パルちゃんがおばあちゃんと一緒にいるのを何度も見てた。それで、パルちゃんのことも知ったし、おばあちゃんが亡くなったのも、その後に幽霊になって地獄に落ちていくのも見たの」
「それって、つまり」
話の途中で、気づいてしまった。
「うん。パルちゃんのおばあちゃん。わたしのこと、見えてる様子じゃなかった。だから、おばあちゃんが霊能者だったって話は、なんだか違うと思う。それに、あの人が霊能者だったっていう話なんて、小学校の方で噂になってたことなんてない」
「そうなのか」
やっぱり、おばあちゃんは『詐欺師』ってことなのか。
でもそれなら、子供たちは何をしに来ていたんだろう。
「わからないな」と頭を振る。
幽霊の世界のことが、どうしても理解できない。一体どこへ行って何をすれば、僕たちが欲しい答えを手に入れられるんだろう。
出来れば、今すぐにでも会いたい。
霊能力者っていう奴に。
そう思っていたら、来てしまった。
「先生、それではお願いします」
哲宏が恭しく頭を下げる。
ひょろりとした体格の男が、リビングの中に招かれる。
白髪頭の、上品な感じの男だった。鷲鼻で顔は細長く、穏やかそうな雰囲気がある。服装は真っ白なシャツにベージュ色の長ズボンとなっていて、見た目としては特に仰々しい感じはしない。
「この子がパルメザンか。たしかに、変わったオーラを感じるね」
リビングに現れた男は、僕の顔をまじまじと見る。居心地が悪いので二階へと逃げようとするが、恵津子にひょいと体を掴まれた。
「先生、それでは検証をお願いいたします」
僕を抱きかかえ、恵津子はあやすように喉を撫でる。逃げようと思ったが、今は状況を見るべきかと判断した。
男は「うむ」と頷き、僕にそっと微笑みかける。
ククク、と横で笑う声が聞こえてくる。
見てみるまでもなく、タケユキが隣で嘲笑っていた。
そんな声や仕草に気づく様子もなく、男は柔らかく目尻を下げていた。
こいつの名前は
職業はもちろん、霊能者だそうだ。
幽霊が見える力があるため、僕が反応する場所には本当に霊がいるかどうか、これから検証するのだという話をしていた。
当然、今日もテレビカメラが一緒。
「まったく、よくやるよなあ」
タケユキは今日もついてきて、僕の状況を小馬鹿にする。
「先生。それではお願いします。私どもとしては、この子が本物の霊能力を持っているということを確かめたいと思っているんです。母や、母の相棒だったショコラも本物だったと証明できれば、やっと母の名誉を取り戻すことができるはずなので」
哲宏がそんなことを言い、「わかりました」と遊水は頷く。
僕は、どうなってしまうんだろう。
このまま変に祀り上げられて、心霊スポットにでも連れて行かれるのか。
でも、何か様子がおかしい。
タケユキはずっとニヤニヤとして、桐ヶ谷遊水の目の前をわざと横切る。
「そうですね。たしかに、霊の反応は感じます」
元いた町を巡回し、事故現場の数々を見て回る。でも、長く留まることはせず、何度かしみじみと頷いて見せると、すぐに次の場所へと移っていった。
「この近辺では事故が多発している。そして、霊のいる反応がある」
それだけ言い、移動することを示していった。
「やはり、この家の前で、何か異質なものを感じます」
今度はなぜか、おばあちゃんの家の前にやってきた。
タケユキが女の人を殴り倒した、あの草の伸び放題の庭先へ。
何を言っているんだろう、こいつは。
どんなに見回しても、この家の前には幽霊なんていない。
「なるほど。少し、見えてきました」
深々と溜め息をつき、遊水は哲宏と向き合う。
「真鍋さん。確認したいのですが、あなたはこのパルメザンのことを、大事に思っているんですか?」
足元にいる僕を一瞥し、遊水が問う。
「もちろんですよ。母の忘れ形見のようなものですからね。大切にしたいです」
「そうですか」と遊水は噛みしめる。
それから数秒間、沈黙が挟みこまれた。
「今の段階では、確かなことは言えません。ですが、覚悟はしておいてください」
「どういう、ことですか?」
哲宏が大仰に両目を見開く。
なんだろう、この感じ。
二人の会話を聞いていると、じわじわと口の中に苦みが走る。
さっきからずっと、タケユキも横で含み笑いをしている。
「気になってならないことがあります。千鶴さん、いえ、馨子先生もこの家の中で自殺した。そして、甥の健之くんも不慮の事故で亡くなった。そのことがどうしても、引っかかってならないのです」
「それは、どういうことですか?」
哲宏が大袈裟に眉根を寄せる。
「まだ、なんとも言えません。ただ、何かが引っかかるというだけです」
気持ち悪かった。
正体がわからない。でも、哲宏や遊水の表情。二人の声から滲み出る何か。この場にある空気みたいなものが、何もかも嫌な感じで満ちていた。
「たしかに、似ている気がするんです。この子は、あのショコラという猫に」
遊水は眉を下げ、僕の顔を見る。
「どこかで、調べることは出来ないでしょうか。このパルメザンという猫は、どういう経緯で馨子先生のもとにやってきたのか」
神妙な顔で、遊水が哲宏に問いかける。
「その結果を見ることで、なんらかの答えが出せるでしょう」
家に戻ってからずっと、笑い声が続いていた。
夕食の時間になり、哲宏と恵津子は二人でテーブルを挟んでいる。その隣で僕にも食事が出され、食器いっぱいのキャットフードを頬張ることになる。
「パルメザン。例の取引の話、そろそろ考えないか?」
テーブルの真横に立ち、タケユキが僕に笑いかける。
チラリと階段の先を見ると、ミズナちゃんが心配そうに僕を見ていた。
「頼むよ。俺は、どうしても殺したい奴がいるんだ。だから、手伝ってくれ」
「それは、アツヤのことを言っているのか?」
前にも、心霊写真を渡して殺そうとしていた。
「いや、あいつは別にどうでもいい。確かに殺そうと思った時はあるが、あれはアツヤがばあちゃんのことを探ろうとしてたからだ。それに、あいつが呪いで死んでくれれば、俺はもっと大々的にお前のことを怖がれる。そう考えただけの話だ」
こいつ、と嫌悪感が込み上げる。
「なあ、ここまで正直に話してるんだ。いい加減に信じてくれてもいいだろ? だから、お前はひと声『ニャア』って鳴いてくれりゃあいいんだ」
嫌だね、と心の中で応えた。
「しょうがねえな。じゃあ、お前が欲しい情報、少しだけ教えてやる」
言いながら、タケユキは哲宏の背後に回った。
「俺がぶっ殺したいのは、ここにいる『こいつら』だ」
タケユキは言い、哲宏の頭を殴ろうとする。
「こいつらは死んだ方がいいって、話を聞けばお前も納得する。お前、ばあちゃんのこと大好きなんだろ。だったら、こいつらが憎いはずだ」
「どういうことだよ」
聞き返すと、タケユキは得意そうに笑った。
「要するに、こいつらのせいなんだよ。ばあちゃんが詐欺師呼ばわりされてるのは、全部こいつらのせいだ」
ミズナちゃんと目を見合わせる。ゆっくりと階段を下りてきた。
「ばあちゃんは、たしかにインチキだった。霊なんか見えてなかった。でも、霊能者の振りをすることで、『誰かを安心させたい』って気持ちがあったんだと。例え嘘の話だとしても、誰かが霊能者として『大丈夫だよ』って言ってやれば落ち着くはずだって。そういう考えで、ずっと霊能者をやってたんだって、俺は生前に聞かされたんだよ」
そうなのか、と話に聞き入る。
「だがな、こいつらは霊能者としてばあちゃんの名が売れると、マネージャーってことでしゃしゃり出てきた。そして、霊のこととかで弱ってる人間を見つけると、そいつらから金を巻き上げてたんだ。ばあちゃんの知らないところで、ばあちゃんの名を使ってな。そういうのが、ショコラの事件が起きた後に騒ぎになって、ばあちゃんが悪者になった」
「間違い、ないんだな?」
「お前なら信じるだろ? ばあちゃん、悪人じゃないってわかるよな」
言葉が強く響いてきた。
ミズナちゃんと目配せをする。小さく首を振られた。
「だから、こいつらが全部悪いんだよ。お前にとっても、こいつらは憎むべき人間なんだ。そういうわけで、殺そうぜ」
胸に右手を当て、タケユキが力説する。
「なあ、パルメザン。決心しろよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます