パルメザンのちっぽけな祝福

黒澤カヌレ

序章

僕は死神

 本当に、この体は便利なものだ。

 僕の姿を見た人間は、たいていはその場で足を止める。僕がほんの少しでも振り向いてやると、途端にニッコリと頰を緩め、しげしげと僕の姿を観察する。


 まあ、そうなのだろう。

 今の僕は、とってもお洒落だから。

 今の僕は、とっても可愛らしいから。


 美しい毛並み。そして、それを飾り立てる綺麗な青い色のスカーフ。


「猫くん、お散歩なの?」

 僕がじっと佇んでいると、人間はそう言って声をかける。


 釣れた、とその場で僕は実感した。

「ナー」と、僕は小さく声を出してみせる。


 すぐに、人間は面白いくらいに目尻を下げた。


 今は夜の十二時過ぎ。空は完全な黒一色で、真っ白な外灯の光だけが道を照らしている。そんな人気のない舗道の上で、僕はじっと座り込んでいた。


 そうしたら、灰色のスーツを着た女の人が通りかかった。年齢は多分三十歳から四十歳の間。少し丸い顔をした女の人だ。


 相手はじっと僕を見る。僕もじっと、相手を見つめ返す。

 そうしてはっきりと、「ナァーオ」と甘い声を出してみせた。


「うん?」と女の人は首をかしげた。

 よし、いい反応だ。


 もう一声「ナー」と声を上げる。用事があるんだぞ、というのを印象付けた。

「どうしたの?」と女の人は声をかけてきた。


 では、活動開始。

 一度、僕はそこで背中を向ける。相手は少し残念そうにするけれど、数歩進んだところで僕はまた振り返り、「ナー」と声を出してやる。


 もう何度も、見慣れた反応だ。

「何?」と人間はいつも、ここで不思議そうな顔をする。戸惑った風にしつつも、顔だけは微笑む。続けて何度も鳴いてやると、ゆっくりとまた近くまで寄ってくる。


 あとはその繰り返しだ。

「ナー」と声を出しては注意を引き、少し歩いて、自分についてくるよう促す。


 本当に、猫っていうのは最高だ。

 人間はみんな、大人しく僕に従ってくれる。『何か伝えたいらしい』と、勝手に悟ってくれるようで、『ついてこい』という僕の気持ちも自然と汲んでくれる。

「猫くん、どうしたの?」と声をかけられる。でもそれには取り合わず、ずっと道を先導していく。


 細い路地を進んでいき、大きな通りへと出る。女の人は「ねえ」と何度も声を出しつつも、素直に僕の後をついてくる。


 見えてきた、と胸が躍る。

 この瞬間はいつだって、僕も頰が緩んでしまう。


「ねえ、どこに行くの?」

 困惑した風に、女の人は腕時計を見やる。

 そんな相手を一度振り向き、僕はしっかり誘導を続ける。


 その先で、『あの場所』に辿り着いた。


 ここは、特別なところ。

 道路の脇には白いガードレールがある。でも、ここにあるのはそれだけじゃない。

 ガードレールのすぐ手前には、『綺麗な花』が供えられている。

 まだ枯れてない。今もピンクや黄色の花が咲き誇っていた。


「え?」と相手は両目を見開く。僕の姿と、供えられた花を交互に見た。


 もう、わかったかい?

 そうだよ。ここは『そういう場所』だ。


 女の人からは顔を背け、「ナー、ナー」と僕は軽やかに声を上げる。

 ガードレールの先にいる、『ある存在』へと向けて。


 ここまで来れば、さすがにもう気づいただろう。

 そう、ここは『事故現場』だ。

 少し前、ここで男の子が車にはねられて死亡している。


 そして、この場所には『幽霊』がいる。


 ぼんやりと、『彼』は今日も佇んでいた。

 小学校に上がったばかりの、まだ小さな男の子。じっと顔を俯かせて、暗い表情でその場に立っていた。


「ここって」と女の人は声を震わせる。

 その目ははっきりと、『男の子』がいる空間へと向いていた。


 そうだよ、と心の中で僕は答える。

 もう、わかっただろ?

 ここに幽霊がいるっていうこと、君はもう気づいてしまった。


 だからもう、『おしまい』だ。


「ナァーオ」と歓喜を込めて鳴いてやった。


 僕は猫だから、はっきり言って非力だ。当然自分の手では人を殺すことはできない。

 けれど、この世には、『呪い』というものがある。

 今の僕には、そんな力が使い放題。ただ人間を見つけては、決まった場所へ連れてくるだけ。


 今回も大成功。


 間もなく車がやってくる。ヘッドライトが眩く夜道を照らし出した。

 フラフラと我を失って、女の人は道路に出ていく。

 すぐに、とっても大きな音がした。


 はい、一丁上がり。

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