第20話 それでは、洗い流しますね
お風呂場は宿の部屋の奥にある広々とした空間だった。湯気が立ち上る中、石造りの浴槽からは心地よい温かさが伝わってくる。俺たちは一日の疲れを癒すためにお風呂に入る準備をしていた。
「ご主人様、どうぞこちらへ。お体をお流ししますね。」
リュシアが柔らかい声で言いながら、手際よくタオルや石鹸を準備してくれる。彼女の自然な仕草に逆らう気にもなれず、俺は大人しく浴槽の手前に座った。
「いや、自分でやるよ。さすがに悪いから。」
「いえ、ご主人様。これは私の務めですので、どうぞお任せください。」
リュシアは微笑みながら湯桶にお湯をくみ、そっと俺の背中にかけてくれる。その温かいお湯が肌に触れる感覚に、自然と力が抜けていく。
「それでは、失礼いたします。」
彼女の手に持った柔らかいタオルが背中を滑り、優しく洗ってくれる。力加減は絶妙で、まるでエステを受けているかのような心地よさだ。
「うん……気持ちいいな……。」
「それは何よりです、ご主人様。いつもお疲れさまです。」
リュシアの優しい声に包まれる中、俺の心も次第にリラックスしていく。しかし、ふとした拍子に体が少し緊張してしまい、自分でも気づかないうちに妙な意識が芽生えていた。
リュシアはそんな俺の反応を見逃さなかったのか、穏やかな声で囁く。
「ご主人様、どうか気にしないでください。こうした反応も自然なことですから、恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。」
「いや、でも……なんか、俺だけ意識してるみたいで……。」
「ふふ、ご主人様のそうしたところも素敵です。」
彼女の笑顔に、逆に恥ずかしさが募る。だが、リュシアは変わらず淡々と背中を流し続けてくれる。
「これで背中は終わりました。それでは、洗い流しますね。」
湯桶のお湯がまた優しくかけられると、全身が心地よい温かさに包まれる。リュシアの気遣いに癒される反面、どこか緊張が抜け切らない。
「ご主人様、続けて髪を洗わせていただきますね。」
彼女が後ろから近づき、髪を優しく濡らしてシャンプーを泡立て始める。その手つきはまるでプロの美容師のようで、俺は何も考えられなくなるほど気持ちが良かった。
「リュシア、本当にお前、完璧だな……。」
「ご主人様をお支えするためですから、これくらい当然のことです。」
シャンプーが終わり、髪を流し終えると、リュシアが軽く手を拭きながら言った。
「これでお体も髪もすっきりしましたね。それでは、一緒に湯船に入りましょう。」
俺が躊躇している間に、リュシアは自然な動作で浴槽に入り、隣に座るよう促してくる。少し迷ったものの、俺も湯船に浸かることにした。
「どうですか、ご主人様? 温かくて気持ちいいでしょう。」
「ああ、最高だよ。こんなにリラックスできるなんて思わなかった。」
リュシアは満足げに微笑みながら、俺の隣で静かにお湯に浸かっている。その雰囲気に、俺の緊張も少しずつ溶けていった。
ふと、リュシアがこちらを向き、軽く微笑む。
「ご主人様、リラックスされましたか?」
「ああ、お前がいてくれるおかげで、本当に癒されてるよ。」
「それは何よりです。ご主人様のために、これからもお支えさせていただきますね。」
彼女の優しい声と言葉に、俺は自然と微笑み返した。浴槽の温かさとリュシアの存在が相まって、この時間が特別なものに感じられた。
リュシアがふと身体を少し傾け、真剣な表情で俺を見つめてきた。
「ご主人様、少し目を閉じていただけますか?」
「え? なんでだ?」
「お疲れのご様子ですので、少しだけ特別な癒しをお届けいたします。」
彼女の言葉の意味を完全には理解できないまま、俺は言われた通り目を閉じた。次の瞬間、彼女がそっと顔を近づけ、額に軽く触れる感覚を感じた。
「……!?」
「これで、少しでもご主人様のお疲れが癒えると良いのですが。」
リュシアが微笑みながら言葉を続ける。その仕草と声に、心の中の疲れが一気に溶けていくのを感じた。
「リュシア、お前って、本当に完璧だよな……。」
「ふふ、ご主人様がそうおっしゃってくださるのが、私にとって何よりの喜びです。」
浴室に漂う湯気と温かさが、俺たちの間に穏やかな空気を作り出していた。全身の力が抜ける心地よさに包まれながら、俺はこの瞬間が永遠に続けばいいと思わずにはいられなかった。
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