第11話 なんで一緒にベッドに入るんだ?
リュシアが浴室に入る音が聞こえると、部屋には静けさが戻った。俺はベッドに腰掛け、ふと天井を見上げる。湯気が漏れないように閉められた浴室の扉の向こうで、水音がかすかに響いている。その音が妙にリアルで、意識がそちらに向いてしまう。
「……落ち着けよ、俺。」
自分に言い聞かせるように呟き、深呼吸をした。今日の冒険を振り返れば、疲れが体に染み渡るはずだ。雑念を消すには、それが一番だと信じていた。
「影森……思ったより手ごわかったよな。」
モンスターたちとの戦いの中で、何度も危険な目に遭った。だが、リュシアがそばにいてくれたからこそ乗り越えられたのも事実だ。彼女の的確なアドバイスや素早い動きがなければ、俺一人では無事に帰還することすら叶わなかっただろう。
「輝晶石も手に入れたし、成果としては上々か……。」
手の中に感じた輝晶石の温かさを思い出す。その一方で、風刃の回廊でのボス戦も頭をよぎった。風牙の王との激闘は、俺の力不足を痛感させるものだった。リュシアの指示がなければ、あの核に攻撃を叩き込むことすらできなかっただろう。
「本当に、リュシアのおかげだよな。」
そう呟いた瞬間、浴室から小さな水音が聞こえた。心の中の雑念が一気に戻ってくる。
「……違う、違う。考えるな。」
自分を叱るように言葉を吐き出し、意識を逸らそうとする。だが、浴室でリュシアが何をしているのか、つい想像してしまう自分が恨めしい。彼女は完璧なメイドであり、俺に全てを捧げる覚悟を持っている。それを知っているからこそ、変な考えを抱く自分が情けなくもあった。
「落ち着け……俺にはもっとやるべきことがあるだろう。」
明日の計画を考えることで気を紛らわせようとする。街に戻って手に入れた輝晶石をどう使うか、次に挑むダンジョンはどこにするか――。やるべきことは山ほどある。なのに、浴室からの音が耳に入るたびに意識がそちらへ引っ張られてしまう。
「俺は……本当に単純だな。」
苦笑いを浮かべながら、再び深呼吸をする。リュシアの気遣いに甘えることができるのはありがたいが、自分自身でももっと強くならなければならない。そう思いながら、俺は枕元に置いてあった水を一口飲み、気を紛らわせる。
しばらくして、水音が止み、扉が開く音が聞こえた。振り向くと、リュシアが湯気を纏ったまま部屋に戻ってきた。彼女の黒髪は濡れて艶を増し、白いタオルを肩にかけた姿はどこか神秘的だった。
「お待たせしました、ご主人様。」
彼女はにこやかに微笑みながら、濡れた髪を整えつつ俺の方へと歩み寄ってきた。湯上がりの頬はほんのりと紅潮し、いつも以上に柔らかい雰囲気を纏っている。俺は一瞬だけ視線を逸らしながら、そっけなく返事をした。
「あ、ああ。ありがとう。」
ベッドに腰掛けたまま、どこか落ち着かない心地でいた俺に、リュシアは静かに近づいてきた。そして、そのまま何の躊躇もなく俺の隣に腰を下ろした。
「ご主人様、今日はお疲れでしょう。どうぞゆっくりお休みください。」
そう言いながら、彼女は自然な仕草でベッドの中に滑り込む。俺は驚きで目を見開き、何か言おうとしたが、リュシアの柔らかな微笑みに言葉を失った。
「……ちょっと待て、リュシア。なんで一緒にベッドに入るんだ?」
「ご主人様をしっかりお守りするためです。私がおそばにいる方が、ご安心いただけるのではと思いまして。」
その答えは、まるで当然のような響きだった。俺は何か反論しようとしたが、彼女の目を見るとそれも叶わない。紫色の瞳は真っ直ぐ俺を見つめ、揺るぎない信頼を感じさせた。
「いや、別に……嫌じゃないけどな。」
結局、そんな半端な言葉しか出てこない自分が情けない。リュシアはそんな俺の様子にも変わらず優しい笑顔を向けてくれる。
「ありがとうございます、ご主人様。どうぞおくつろぎください。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます