第10話 ご主人様、まずは背中を流させていただきますね

冒険を終えた俺たちは、ギルドの紹介で泊まることになった宿泊施設へと向かった。街の中心部にあるその建物は、外観こそ古めかしいが、中に入ると落ち着いた雰囲気が漂っていた。ロビーでは暖炉の炎が揺らめき、客たちがくつろいでいる姿が見受けられる。


「ご主人様、こちらが本日お泊まりいただくお部屋の鍵です。」


リュシアがフロントで鍵を受け取り、俺に手渡してくれる。その所作ひとつひとつが丁寧で、彼女の育ちの良さを感じさせる。


「ありがとう。じゃあ部屋に行こうか。」


二階にある部屋に向かい、扉を開けると、中はこぢんまりとしていながらも清潔で居心地が良さそうだった。ベッドはひとつだけだったが、意外にも広めで、十分にゆったりと眠れそうだ。


「リュシア、この部屋、思ったよりいいな。」


「はい、ご主人様。冒険の疲れを癒すには最適な環境かと思います。」


彼女の言葉に安心しつつ、俺は荷物を下ろして一息つく。そして、部屋の奥にある浴室をちらりと見ると、ふと疲れを思い出した。


「……風呂、入るか。」


「かしこまりました。ご主人様、お体が冷え切っておりますので、まずお湯を張らせていただきますね。」


リュシアは素早く浴室に向かい、手際よく湯を用意してくれる。その間、俺はベッドに腰掛け、今日の戦いを振り返っていた。


「ご主人様、お湯の準備が整いました。どうぞお入りください。」


浴室から戻ってきたリュシアが、穏やかな笑顔で促す。その笑顔には、どこか楽しそうな気配も漂っていた。


「ありがとう、入るよ。……えっと、リュシア、お前は?」


「ご主人様がご希望されるなら、私もお手伝いいたします。」


その言葉に、一瞬戸惑いが生まれる。だが、リュシアの全肯定する態度には逆らえない部分があった。


「そ、そうか……じゃあ、少しだけ頼むよ。」


浴室に入ると、湯気が立ち込め、心地よい香りが漂っていた。リュシアが用意してくれた湯船には、ハーブが浮かべられており、リラックス効果が高そうだ。


「ご主人様、まずは背中を流させていただきますね。」


彼女が桶にお湯を汲み、タオルを手に取る。その柔らかな動きには、気遣いと丁寧さが感じられる。


「悪いな、こんなことまでさせて……。」


「どうぞお気になさらず。これも私の務めです。」


タオルが俺の背中を優しくなでるように動き、疲れがじわじわとほぐれていく。その手つきがあまりにも心地よく、思わずため息が漏れた。


「リュシア、意外と上手いな……。」


「ありがとうございます、ご主人様。お疲れの箇所がございましたら、どうぞお申し付けください。」


そんな会話をしながら、リュシアが丁寧に背中を洗ってくれる。その優しさに癒される一方で、ふとしたことで妙な意識が芽生えてしまう。


「えっと、前側は……自分でやるよ。」


「かしこまりました。無理にとは申しませんが、もし何かございましたらいつでもお声がけください。」


彼女の柔らかな声に少しだけ安堵しながら、自分で体の前側を洗うことに集中する。だが、どこかぎこちない動きになってしまい、リュシアが気にしているような視線を感じた。


「ご主人様、十分におくつろぎくださいね。」


そう言いながら、リュシアはお湯を追加で張り、湯船の温度を適温に保ってくれる。その気遣いに感謝しつつ、俺は湯船に浸かり、体の芯まで温まる。


「本当に至れり尽くせりだな……お前がいてくれて良かったよ。」


「そのお言葉をいただけるだけで、私は幸せです。」


リュシアの微笑みに、少しだけ恥ずかしさを覚えつつ、俺は湯船の中で目を閉じた。この世界に転生して、こうして癒される時間を過ごせることに、心から感謝するひとときだった。

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