第9話 ご主人様、何をお召し上がりになりますか?

ギルドを出た俺たちは、街の中央広場に面した小さな食堂へと足を運んだ。冒険を終えたばかりで腹も減っていたし、久しぶりに落ち着いて食事を楽しみたい気分だった。


「ご主人様、こちらのお店は評判が良いようです。ぜひ一度お試しください。」


リュシアが扉を押して中へ案内してくれる。木製のテーブルと椅子が並ぶ店内は、温かみのある照明で満たされており、家庭的な雰囲気が漂っていた。カウンター越しには気さくそうな店主が忙しそうに立ち働いている。


「いらっしゃいませ。冒険者さんかい? ゆっくりしていってくれ。」


店主の声に頷きながら席につくと、リュシアがさりげなく俺の隣に腰を下ろした。メイドとして常に控えているのかと思いきや、同じテーブルで共に過ごすその仕草に、どこか親近感を覚える。


「ご主人様、何をお召し上がりになりますか?」


メニューを手にしたリュシアが柔らかい微笑みを浮かべながら尋ねてくる。冒険の疲れもあって、俺は直感で美味しそうなものを選ぶことにした。


「そうだな……この『フォレストビーフシチュー』ってやつと、それから『光草サラダ』ってのを頼もうかな。」


「かしこまりました。では、私も同じものをいただきます。」


リュシアが店主に注文を告げると、すぐに料理の準備が始まった。待つ間、俺たちは店内を眺めたり、冒険の話をしたりして過ごす。


「リュシア、今日は本当に助かったよ。お前がいなかったら、あの風牙の王には絶対勝てなかった。」


「ご主人様、私の務めはご主人様を支えることです。それを全うできて嬉しく思います。」


彼女の言葉はいつも誠実で、耳に心地よい。そんな会話をしているうちに、料理がテーブルに運ばれてきた。


「お待たせしました。こちらがフォレストビーフシチューと光草サラダです。」


テーブルに並べられた料理は、見るからに美味しそうだった。シチューは濃厚な香りが立ち上り、柔らかそうな肉がたっぷりと入っている。サラダは鮮やかな緑が目に楽しく、光草と呼ばれる食材がキラキラと輝いているようだった。


「ご主人様、どうぞお召し上がりください。」


リュシアがフォークを手に取り、シチューの一口を俺の方に差し出してくる。


「え、俺が食べるのか?」


「もちろんです。お疲れのご主人様には、私がしっかりとお世話させていただきます。」


その言葉に逆らうのもおかしいので、俺は彼女の差し出したフォークをそのまま口に運んだ。熱々のシチューが口の中に広がり、肉の柔らかさとスパイスの風味が絶妙に絡み合う。


「うまいな、これ。」


「気に入っていただけて光栄です。次はこちらをどうぞ。」


リュシアはサラダを同じように一口分差し出してくれる。光草の独特なシャキシャキとした食感と爽やかな香りが口の中に広がった。


「おいしいな、サラダも。こんな贅沢していいのかってくらいだ。」


「ご主人様のお疲れを癒すために必要なことです。どうぞ遠慮なさらず。」


食事が進むにつれ、リュシアはさらに細やかな気遣いを見せてくれる。シチューの端を拭ってフォークに載せてくれたり、口元についたスープをそっと布巾で拭ってくれたりする。


「水もこちらにございます。のどが乾いたらお申し付けください。」


冷たい水が入ったグラスをそっと差し出すリュシア。その完璧なもてなしに、逆に少し申し訳ない気分になってしまうほどだった。


「お前も一緒に食べろよ。俺ばっかり世話されるのも落ち着かない。」


「では、ご主人様のご許可をいただけるなら、私もいただきます。」


そう言いながら、リュシアは自分のシチューを一口取る。彼女が食事を楽しむ姿を見ると、それだけでこちらも嬉しくなる。


「どうだ、リュシア。お前もこれ美味いだろ?」


「はい、とても美味しいです。ご主人様とこうして食事をご一緒できるのが何よりの喜びです。」


その言葉には嘘偽りがない。俺たちは料理を堪能しながら、冒険の話や次の計画について語り合った。


食事を終え、店を出た時には、心も体も満たされていた。リュシアと一緒に過ごす時間が、ただの食事すら特別なものに変えてくれる。

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