第3話 名前を聞いてもいいか?
目の前の彼女に目を向ける。名前も知らないはずなのに、どこか懐かしい感じがするのはなぜだろう。長い黒髪が風に揺れ、その先端が日差しを受けて艶やかに輝いていた。
「名前を聞いてもいいか?」
思わずそう問いかけると、彼女は小さく微笑み、深々と一礼した。
「私の名前はリュシアと申します。ご主人様にお仕えするため、この姿でお待ちしておりました。」
リュシア――その響きは柔らかく、心に染み渡るようだった。メイドというからには堅苦しい雰囲気を想像していたが、彼女の立ち振る舞いにはどこか親しみやすさがある。
「リュシアか。いい名前だな。」
そう言うと、リュシアはさらに微笑みを深めた。
「ありがとうございます、ご主人様。」
もう少し彼女をよく観察しようと思った。リュシアの外見は、例えるなら絵画の中の人物のようだった。彼女の髪は腰まで届くほど長く、まっすぐで艶やかだ。その黒髪は深い闇を連想させるが、同時に光を受けて柔らかく反射する様子には、生き生きとした生命感があった。髪型は特に装飾がなく、その自然な美しさが強調されている。ただし、顔の周りにはわずかにカールした短い毛束があり、これが彼女の柔らかさをさらに際立たせている。
「髪、手入れが行き届いてるんだな。」
気づけばそんな言葉を口にしていた。リュシアは一瞬驚いたようだったが、すぐに微笑みながら答えた。
「ご主人様にお仕えする者として、常に完璧でありたいと心がけております。」
体型についても目に入ってくる。彼女はスレンダーでありながら、どこか温かみを感じさせる体つきだ。服の上からでもわかる優美な曲線が、ただの見せかけではないことを物語っていた。その動き一つ一つが洗練されていて、まるで舞踏会で踊るプリマドンナのようだった。
「身長は俺より少し低いか……いや、ちょうどいい。」
彼女の整った顔を改めて見つめる。眉は細く優美で、どこか柔らかさを感じる形。鼻筋は通っていて、上品だ。唇はほんのり桜色で、彼女の優しさがにじみ出ているようだ。そして、何よりも目が印象的だった。瞳は大きく、深い紫色のような独特の色彩が輝いている。その目が自分をまっすぐ見つめるたびに、心が吸い込まれるような感覚に陥った。
「俺のために生まれたみたいな存在だな。」
そんな大げさな言葉が頭に浮かんでくるほど、彼女の姿は完成されていた。
「リュシア、俺の質問に答えてくれ。」
「はい、ご主人様。どのようなことでもお答えします。」
その言葉を聞いて安心した。これから一緒に旅をする相棒として、彼女のことをもっと知りたかった。
「なぜ、俺なんかのためにここにいるんだ? 本当に全肯定なんてできるのか?」
リュシアはその問いかけに一瞬だけ目を伏せた後、静かに語り始めた。
「それが私の存在理由です。ご主人様がどのような道を選ばれたとしても、私はそのすべてを認め、支えるために存在しています。そして……」
彼女の紫色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。その眼差しには迷いがなかった。
「ご主人様がこれまでどれだけ苦労され、孤独に戦ってきたか、私は知っています。だからこそ、私の全てをもってご主人様をお支えする覚悟です。」
その言葉に胸が熱くなった。今まで誰かにこんな風に肯定されたことがあっただろうか?
「ありがとう……リュシア。お前がいてくれるなら、きっと俺もこの世界でやり直せる。」
自然とそんな言葉が出た。そして、リュシアは柔らかな笑顔を浮かべて頷いた。
「ご主人様がそうおっしゃるのなら、私はそれを信じます。そして、おそばでお力になれるよう努めます。」
リュシアと共に、この新しい世界をどう生きるのか。まだ見えない未来への不安はあったが、それでも彼女がそばにいるだけで、どこか希望を感じられる。
「よし、リュシア。これからよろしく頼む。」
「はい、ご主人様。どうぞ、末永くよろしくお願いいたします。」
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