第1話

「…っ、もう、逃しませんよ…!」




壁を背に立つ俺の両横に手をついて、いわゆる壁ドンをした推しが切らせた息を整えながらそう言った


先ほどまで走っていたからだろう、頬を伝う汗と、かすれた吐息が、目の前に居る彼の匂いが、いつも以上に近い距離にいることを否が応にでも感じる


近い彼に心臓がドキリと跳ね、その低く腹に響くような声にぞくりと背筋と肩を震わせ、これから己はこの想い人から振られるという事実に鳩尾の辺りがキュッと引き絞られるように感じる


さて、何故こんなことになっているのか、そして何故俺がこれから彼に振られるのか、そこから話さねばなるまい


先ず、俺の目の前に居る彼、ルクス・ルメンソフィアは攻略対象者である


この攻略対象者と言う言葉でお察しの方も居るかとは思うが、ここは乙女ゲームの世界だ


それも、前世の世界で作られていた、と言う注釈がつく


言っている意味が分からない?


そうだよな、それじゃぁ最初から話すとしよう


俺の前世はしがない高校生で、家族構成は両親と姉が1人の4人家族の長男


姉弟仲はまぁ良く、たまにケンカはしつつも仲良く暮らしていた


その姉とは一緒にゲームをしたり、お互いのものを貸し借りしたり、途中で躓いたところだけやってもらったりとしていた


そして、その姉が持っていたゲームの中に乙女ゲームがあったのだ


タイトルは「どきっ!聖女のラブコメディはあなたと♡」という、馬鹿っぽい…何とも言えないタイトルではあるが、これが存外ハマってしまったのだ


中身はおそらく王道であると思われるが、主人公は聖女で、自分で名前を付けられるやつだった(ちなみに姉は自分の名前を主人公に付けていた)


その聖女を動かし、学園で攻略対象者と様々なイベントをこなしながら、魔王討伐までするという、ファンタジーではお約束な、そんなストーリーである


乙女ゲームにしては珍しく戦闘シーンもがっつりゲームとしてバトルして倒さなければ次に進めないという、やりこみ型のものであったため、姉からラスボスの魔王を倒して欲しいと頼まれたことがきっかけで、この乙女ゲームを知ったのだ


ゲームのタイトルから見える頭の足りなさに微妙なものを感じながら、プレイしてみたところ、思っていた以上に面白くて俺もドハマりしたのだ


グラフィックも良ければ、声優もストーリーも良く、ゲームからコミカライズ、アニメへと進化し、さらにはこのゲームの悪役令嬢ものの小説が出れば、それもあっという間に人気になり、コミカライズとアニメ化までした代物だ


「どきっ!聖女のラブコメディはあなたと♡」通称、「どきラブ」は俺も一から始めて、全攻略対象者をコンプリートして、マンガ、アニメ、小説も全部読破して、少し寝不足だった学校からの帰り道、青信号を渡っていたら信号無視したトラックにはねられて、前世の俺の人生は無事終了した


そして気付けば俺は、今の俺ジーク・オルターとして転生していた


最初、転生したことは驚いたが、それでも、まさか「どきラブ」の世界だとは露ほども思っていなかった


「どきラブ」では、ジーク・オルターという名前は1度も見たことなかったし、そもそも子爵家の三男はあの世界ではそこら辺にいるモブでしかなかったと思う


前世と違って、魔法が有り、それを日常生活にも使用されていることに最初は1番驚いた


前世ではゲーム、マンガ、アニメが好きだった俺はファンタジーものも勿論好きで、だからこその魔法への憧れがあり、それが実現しうる今世に生まれたことを感謝したくらいだ


幼少の頃から魔法に興味を示した俺は、幸い魔法の素養があり、学園へ通うことが決まった頃、父上から言われたのだ




「学園にはお前の2つ下に王太子が入学なさるし、お前と同じ歳には宰相のご子息も入学されるから、子爵家うちを継げないお前は彼らの友人になれるように頑張りなさい


そうすれば、もしかしたら卒業後の就職先に困らずに済むかもしれん」




これを言われたときは、父上はおそらく余り貴族らしくない俺を、今後の将来のことも心配して言ってくれたのだろうと思っただけだった


そして、入学式の時


入学試験でトップだったという宰相の息子が新入生代表の挨拶をするために壇上に上がって、俺は驚愕した


その宰相の息子は、「どきラブ」の攻略対象者の内の1人だったのだ


しかも、宰相の息子ルクス・ルメンソフィアは俺の中の最推し


彼を初めて、この目で、ナマで生きているのを見て、俺は初めてこの世界が「どきラブ」の世界ではないのかと思い至り、調べると他の攻略対象者の全部がこの世界に同じ肩書き、同じ容姿、年齢で生存していることを知った


1人目はヒロインの聖女と同い年でメイン攻略対象者、王太子のミハエル・フォルテ・ディケアダマス・ミレニア


金髪碧眼の絵に描いたような王子様のような容姿で、普段は物腰柔らかく柔和なロイヤルスマイルが似合うイケメンだ


魔法も剣技もそして学問も全てパーフェクトな完璧王子で、ゲームの中で魔王討伐の時もとてもお世話になった


2人目も聖女と同い年の騎士団長子息のマルス・スクトム


赤茶色の髪に、キャラメル色の少しつり目がちの瞳で野性味のある顔立ちで、体格も良く笑ったときに覗く犬歯が人気だったイケメンだ


もろにパワータイプで、物理で押したいときにはとても重宝したキャラだ


3人目は聖女の1つ上の魔導師団長子息のクラーク・ジオメトレオ


濃緑色の髪にエメラルドグリーンの瞳に銀縁の眼鏡がとても似合う知的なイケメンだ


魔力が特に高く、魔法攻撃で後方から高火力を叩き込むことが出来る遠距離タイプで、なかなかに有り難いキャラだった


そして4人目が聖女の2つ上の宰相子息のルクス・ルメンソフィア


水色のツヤ髪にコバルトブルーの切れ長な瞳、一見冷たく見える無表情が多いのだが、気を許し始めるといろんな表情を見せてくれる可愛い面もあるイケメンだ


とても知力が高く、戦略を立てるのが上手く、戦闘パートに入る前にはよく相談をして凄くお世話になった、俺の最推しだ


そんな推しを直に見ることでまた「どきラブ」の世界なのだと実感を強めた俺は、今までは特段興味もなかった歴史が気になった


だってここは「どきラブ」の、推しが生きる世界の中で、その舞台がどのような経緯を持ってこのように成り立っているのか、気になるようになったからだ


ゲームや小説、ファンブックでも簡単に歴史背景を描いてあったりもしたが、今この現実に歴史書などの正解が目の前にあるのだ


これを知りたいと思うのはファン心理としては仕方ないものだと思うのだ


だから図書館で歴史や法律関連の書籍を読み漁るようになったある日


図書館で本を取ろうと本棚に伸ばした手が誰かのそれと当たってしまった


その手が誰か確認すると、そこには俺の最推しであるルクス・ルメンソフィア、彼本人が立っていた


間近に直視してしまったときは眩しすぎて目が潰れるかと思ってしまった…


そして、そんな幸運が2度もあったとき、彼の方からなんと俺に声をかけてくださったのだ




「…この間も同じ様なことがありましたね」




びくりと肩が震える


あの低く腹に響くようなイケボが、綺麗な唇が俺に話しかけるために使われるなんて恐れ多かったのだが、話し掛けられたら応えぬわけにはいくまい




「あっ、はい…!


この間は本を譲って頂きありがとうございました、ルメンソフィア様」




そう、以前も同じ本を取ろうとして手が重なった時は彼がどうぞと本を譲って下さったのだ


イケメンでイケボで紳士とか推しが最高過ぎる…!!


今日も眼福です、ありがとうございます




「いえいえ、気にしないで下さい


所で、あなたはこの歴史書と、その手に持っている法律全書は一緒に読むのですか?」


「あ、はい


ちょっと気になることがありまして、歴史書と法律全書で見比べたいと思いました


でも、ルメンソフィア様がどうぞこの歴史書をお使い下さい」




この間譲って貰ったのだから、今度は俺が遠慮をすべきだ


それに推しの読書時間を邪魔してはいけない…!


という俺の思いとは裏腹に、彼は驚くべき提案をされた




「……そうですね…


どうせなら、一緒にどうですか?


私はあなたの言う気になることが、興味深いです」




綺麗なコバルトブルーの切れ長な瞳が、彼の言った通り興味深そうに俺を見ている


そんな事実に心臓が飛び跳ねるが、それを表に出してはいけない


推しに引かれたくない、切実に!!




「え、えっと、ルメンソフィア様の邪魔にならないのであれば…」


「私から提案しているので、邪魔ではないですよ


歴史書はこれで良いですね?」




彼の問いかけに是と返しながら頷く


すると彼が元々取ろうとしていた歴史書を取り、席へと誘導される


推しと一緒に読書とか、何ていうご褒美ですか?


嬉し過ぎて死にそう…


いや、推しとの時間を満喫する前には死ねない!!


恐れ多くも推しの横に座り、歴史書と法律全書の目的のページを開く


そういえば、彼にこれを伝えられたら、良い方向に未来を変えられるかもしれない


気を引き締めなければ…!


先ずは法律全書の目的の条項を指で指し示す




「ルメンソフィア様はご存知かとは思いますが、法律の中にスタンピードの事後処理に関しての法律があるじゃないですか


スタンピードの規模によって見舞金や騎士を派遣するって言う…」


「あぁ、爵位によって負担率の違うものですよね


まぁ、ノブレス・オブリージュとして当然かとは思いますが、その法律がどうかしたのですか?」


「この法律って、恐らくですが、このスタンピードの後に作られた法律ですよね?」




俺はそう言って今度は歴史書のスタンピードの部分を指し示す


この歴史書には凡そ500年くらい前のスタンピードについて書いてある


このスタンピードでは、とある伯爵領で大規模のスタンピードが起こった出来事だ


歴史書には詳しく書いてあるが、簡単な流れとしてはとある伯爵領でスタンピードが起こり、尋常ではない被害が出た


当時当主だった伯爵はもちろん被害を抑えるために騎士を派遣したり、伯爵家の金庫や食料庫を解放したりと手を尽くしてはいたのだが、スタンピードが大規模過ぎて、伯爵領内は取り返しのつかない程の被害を被ったのだ


伯爵家だけでは領民の救済や災害復旧は難しいだろうと国からの支援も決まり、予算が組まれるものの前例もなく遅々として進まなかった


そうなると、1番被害を被っている領民達は家も壊されて無ければ、食べるものもなくなり飢餓状態に陥り、更には不衛生に魔獣の残骸が放置されたままでそこから感染症が広がり…


領民は困窮するしかなかった


だから仕方ない、とは本当は言ってはいけないのだろうが、困窮した領民は犯罪に手を染めざるを得ない者達が出始める


伯爵領の一部の村の村民達はこのままでは飢え死ぬだけだと理解し、村1つ丸ごと盗賊へと身をやつしたのだ


そうして盗賊となった村民達のせいで伯爵領は困窮している中で更に盗賊被害まで出てきてしまう


そうなってしまうと、伯爵も無視は出来ず騎士を派遣し、元村民である盗賊を捕縛させることとなる


そんな歴史が乙女ゲームの世界であるこの世界にあるのだ


乙女ゲームだけど、現実なんだと思い知らされる歴史だ


そんな歴史に一通り目を通した彼は俺の問いに頷く




「確かにその法律は、このスタンピードが切っ掛けで出来たものでしょうね


そうでないと、これほどの被害に他領地の支援がないのは不自然過ぎます」


「はい


これ以降の大規模なスタンピードでは、他領地からの支援金や騎士の派遣等、徐々に見られる様になっておりますので、恐らくこの大規模な被害を二度と起こさない様にとこの法律が作られたのかと愚考しました


それに、やっぱりスタンピードと言う災害は、魔獣が溢れ出るだけが被害ではなく、そのせいで家族や友人、大切な人を亡くすことや、家や畑の作物や家畜等の財産又は職まで失ってしまうこと、それらによる喪失感、虚無感、言葉などでは表せられない気持ちにも、寄り添うことが必要なはずです


そして、普段の生活が過ごせないと言うのは何よりもストレスになるものです


今まで当たり前に出来ていた生活が一瞬の内に目の前で壊され、生命の危機を身近に感じ、明日をも知れぬ日々がいつまで続くか分からないと言うのは、とてつもない恐怖です


もしかしたら、また次の瞬間には魔獣に襲われ、無惨に食い殺されるかもしれない


濃い鉄と、色んなモノが焼ける臭いが充満した中でそう怯えながらの生活は、心のゆとりなんてものとは無縁で、一言で言うのなら地獄な様なものです…」


「……あなたはまるで、体験してきた様に言いますね?」




彼の言葉にハッと顔を上げた


いつの間にか震える拳を握り、俯いていた


じっとこちらを見るコバルトブルーの彼の視線に耐えきれず慌てて言葉を並べる




「あっ、えっと、長々とすみません…


お、、私の実家の領地も昨年小規模ながらスタンピードの被害に遭いまして、父の視察に同行しましたので…」


「…そうでしたか、それは災難でしたね


ちなみに、あなたの名前を聞いても?」




彼に尋ねられて自分の失態にやっと気付く


俺、名乗ってねぇ!!




「!!


し、失礼しました


私はジーク・オルターと申します


オルター子爵家の三男にございます」


「オルター子爵領…


確かに昨年スタンピードの被害申請が出されていましたね


その視察からここまで考えるとは、素晴らしいですね」




少し、微かにだが、彼の口角が上がった


だが、まさか彼に褒められるとは思わず照れて手元の方を見てしまい、彼の貴重な微笑を見逃してしまった




「え、えと、ありがとう、ございます…


あ、そ、それで他にも気になることがありまして…!」




慌てて手元の歴史書を捲る


スタンピードの件数がどんどんと増え、数年後にまた大規模のスタンピードの後、聖女が見つかった後、魔王復活して退治され、スタンピードが減る


そして近代の方へ捲り、またスタンピードの件数が増えてきていることがわかる


それを踏まえ、彼に伝えておかねばならない




「ここ数十年、スタンピードの件数が少しずつ、規模は小さいのも含めると増えてきています


そこで、そろそろ魔王復活が近いのではないか、と私は愚考するのです」




なんと言っても、後2年で乙女ゲームが始まり聖女が見つかって、魔王討伐という流れがある


聖女の攻略がどうなるかは分からないが、ゲームのこの流れはどんなルートを進もうと変わらなかったので、魔王復活は免れることは不可能だろう


それならば、少しでもその可能性を示唆して、備えられるところは備えた方が良いに決まっているのだ


モブだから何もしないと言うのは、何となく受け入れられなかった




「……なるほど


確かに一考の価値はありそうですね


父にもその旨、伝えておきましょう


オルターくん、友人としてジークと呼んでも?」




突然の提案にぴくりと肩が震える


推しの友人になれるなんて…っ!




「あ、も、もちろんです!


是非、ジークとお呼びください、ルメンソフィア様!」


「ふふ、それではジーク、私のこともルクスと呼んで欲しいですね」




まさか、推し本人から名前呼びの許可を頂けるなんて思いもしなかったからまた肩が震えた


しかも、あの無表情に定評があるルクス・ルメンソフィアが笑ってそう言うなど、誰が想像出来ただろうか


乙女ゲームの名前呼びイベントでもまだ笑顔なんて見れなかったのに…


緊張に乾く唇を舐めて、喉を震わせる




「じ、じゃぁ、ルクス、様」


「様は付けなくても良いですよ


呼び捨てで構いません


それと、同い年ですし、敬語も必要ありませんよ」




更に大出血サービスで呼び捨て&敬語不要!?


何のご褒美ですか!?


もしかして、今日が本当に俺の命日!?


死因は尊死ですね、わかりますありがとうございます!!



後日、また図書館でばったり会ったときは歴史書と法律全書を広げ、歴史と法律に関して話していると、我を忘れて長時間彼と話し込んでしまったのだ


彼とはいろんな話をするようになり、そのうちまた笑顔だったり、照れた顔だったり、心配するような顔だったり…


いろんな表情を見せてくれるようになって、仲良くなれたことに嬉しく思うのと同時に、俺は自分の中で、彼に友人以上の、推しと言うだけではない感情があることに気付いてしまった


そう、俺は彼に対し、恋愛感情を抱くようになってしまっていたのだ


その想いはまさか乙女ゲームのこの世界で口に出せるわけもなく、ただ“友人”と言う立場を失いたくなくて何も告げることすら出来ず、友人として彼の横に居る


そんな中、俺たちは3年生になり王太子が入学して間もなく、聖女が見つかって途中編入してきた


「どきラブ」の乙女ゲームの開始だ


その後、彼が聖女と話しているところを何度か目撃することになる


そして時折、その中で彼が笑顔を見せるようになるのだ


俺の胸が締め付けるように痛かったが、俺に何かを言う資格等ないし、乙女ゲームのこの世界ではこれが正常なのだ


―――俺のこの感情が間違っているだけで…


彼が聖女との会話で笑顔を見せるようになって、俺は彼と話すことが出来ず、つい聞き役に徹していると彼から爆弾が投下された




「…実は、好きな人が出来たんです」




頬を若干朱に染めて、恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに話す彼に、彼が聖女に攻略されたことを知った


これ以上は泣かないで話を聞き続けることが無理だと思った俺はその場を走って逃げた


そして数日、彼の姿を見つけると反射的に逃げていたが、本日ついに逃げ切れず、捕まってしまった


故に、冒頭のあの台詞に戻ると言うことだ


お解りいただけただろうか?


俺はこれから、目の前の想い人から聖女が好きなのだと振られてしまうのだ


逃げた友人の俺をわざわざ捕まえてまで報告したいことらしい


そんなの、男であることから障害が大きいのに、なおさら俺に勝ち目なんてないわけで




「…何で逃げるんですか?」


「………」




走ったことで切れていた息を整え終えた彼はそう尋ねた


そんなの、振られたくないからだ、なんて口が裂けても言えない


言えなくて、言いたくなくて、口を結んで逃げ場はないかと視線を彷徨かせてしまう




「……もう、私とは口も聞きたくない、目も合わせたくないくらい嫌い、と言うことですか?」


「ちがっ…!」




悲しそうな彼の声につい顔を上げると、彼のコバルトブルーの瞳と目が合った


その綺麗な瞳に吸い込まれそうだと思ったとき、彼の右手が俺の左頬に添えられた




「本当ですか?


じゃぁ、逃げないでくださいね、この間の話の続きです」




にっこりと作り笑いの彼は、きっと恐らく怒っている


でもそれは俺が避けたりしたからで、彼の正当な怒りは受け止めるべきだと分かっていても、やっぱり好きな人から他の人が好きだと言われるのはつらい


それでも、この手をはねのけて、更に逃げることはもう出来ない


俺の沈黙を肯定と取った彼はその綺麗な唇を動かす




「…好きな人が出来たんです


その人は好きなことには一直線で、好きなもの以外は一切目に入っていないみたいな人なんです


私の立場なんて見えていなかったりね


好きなことを話すときは目を子供みたいにキラキラに輝かせて、いつもより少し早口になるんです


きっと、話したいことがいっぱいあるんでしょうね」




さっきの作り笑いとは違い、話しながら慈しむような笑顔に変わった表情に、彼はよほど聖女のことが好きなのだろうと実感させられてしまう


もう、今すぐ逃げ出してしまいたい




「最初は話しかけると肩が少し震えるので、怖がらせてしまっているのかと思っていたのですが、どうやらそれは照れているのか、よく見ると耳が赤くなってたりしていて、とても可愛らしい方なんです」




そこまで言うと、彼は可笑しそうにふふっと笑った




「…分かってます?


これ、全部あなたのことなんですよ、ジーク


あなたが好きです、ジーク・オルター」




一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった


ジーク・オルターとは、俺の名前のはずだ


何故、彼が俺の名前と、好きという言葉を繋げるのか…




「…聞こえていますか?


返事くらいしてくれても良いじゃないですか、ジーク?」


「……え?


俺…?」


「そうです、ジークが好きなんです


私と結婚…は、まだ出来ないので今はそうですねぇ…


恋人になっていただけませんか?」




彼から紡がれる言葉に頭が混乱する


聞き間違いでなければ、彼は俺が好きだと、恋人になって欲しいと言っている…?




「……、だって、ルクスの好きな人って、聖女じゃ…」


「はぁ?


何を寝惚けたことを言っているのですか?


私はあなたが好きだと言ってるのですよ


何でここで聖女が出てくるのです?」




さっきまでの甘い表情が一変して彼の眉間に皺がより、声が一段低くなる


その落差にびくりと肩が震える




「だ、だって、聖女と笑顔で談笑して…」


「……?


……あぁ、あのときの、見てたんですね…」




最初は怪訝な顔をした彼は一時するとやはり思い当たる節があったようで、何故か困ったような笑顔になる




「あれは、お恥ずかしながらあなたの話をしていたのですよ


あなたのことを想うと、どうしても表情筋が言うことを聞かないみたいです」


「っ!!」




そう言って蕩けるように甘い笑顔になる彼を直視してしまった俺は全身茹だってしまう


そんな俺を見て彼の笑みが深まる




「おやおや今度は耳だけではなく全部赤くなってしまいましたね、可愛いですジーク


さぁ、お返事はいただけますか?」


「…っ、ぉ、俺も……ルクスが、好きだ」




視界がうるりと歪み、言葉に詰まりながらも心から告げる


涙がこぼれ落ちる前に彼の肩口に顔を埋める




「ふふっ


やっとその言葉が聞けました


これであなたは私のものですよ」




喉が苦しく、上手く言葉を出せる気がせず、頷くとまた彼が笑って俺の頭を撫でる


あぁ、夢みたいだ…


彼から好きだと言われて、好きだと口に出して受け入れられて…




「私、来年から文官になります


数年の内に宰相になって、この国の法律を変えるんです


同性同士でも結婚できるようにね」




彼からのその言葉につい、笑顔になってしまう


彼の自信満々のその言葉がどんなに難しいことかは分かっていながらも、現実になるかもしれないと思わせられた




「……あぁ、早い内に実現してくれ」


「えぇ、任せてください」




俺はまだ知らない


この時の約束がたった3年で叶えられ、同性結婚の第1号が自分たちになることを

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告白 葉月 @hazuki_0123

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