第2章 誕生日会

第5話 校庭のベンチ

 川田先生から音楽室で忠告を受けてから二週間ほどが経った。放課後、範経は校庭のベンチで由紀に膝枕をされて寝ていた。


「出席確認で名前を呼ばれなかったわね、範経」と由紀。


「うん。先生も疑ってるんだ。ぼくのこと」と範経。


「教育者が聞いてあきれるよ」と祥子。


「由紀ちゃんと祥子ちゃんもぼくといると皆に嫌われちゃうよ」と範経。


「大丈夫よ。私たちは先生の受けがいいし、被害者なのよ」と由紀。


「え、そうなの?」と範経。


「ええ、私たちの着替えの写真がネットに出回ってたわ。由紀はともかく、私の下着姿なんて誰が見るのよ」と祥子。


「祥子ちゃんはかわいいよ。それより早く犯人が見つかればいいのに」と範経。


「そうね。それにしても、カメラマニアっていうだけの理由で範経が疑われるなんて変だわ」と由紀。


「盗撮が始まった時期に、ぼくが学校でカメラを持ち歩いてたから」と範経。


「できすぎた偶然だわ」と由紀。


「そもそも範経が盗撮する理由がないわよ。裸なら私たちがいつでも見せてあげられるから」と祥子。


「そうね。それに違法に写真を売らなければならないほどお金に困ってないわ」と由紀。


「ぼくは盗撮なんて面倒くさいことをしない。でもみんなはそんな事情を知らないから、状況証拠ってことで疑ってるみたいだね」と範経。


「範経はいつも他人事ね」と由紀。


「ぼくは由紀ちゃんと祥子ちゃんがいれば十分だよ」と範経。


「私も、私たちの時間が誰からも邪魔されなくてうれしいよ。範経がみんなからシカトされてるおかげで独占できてる」と祥子。


「確かにそうだけど」と由紀。


 クラスメートの遠藤猛が友人を連れて近づいて、由紀と祥子に声をかけた。「二人はなぜいつも範経を庇うんだ?」と猛。


「うるさいわね。ひがんでるの?」と祥子。


「庇ってるわけじゃない。範経は犯人じゃないわ。友達だから一緒にいるだけよ」と由紀。


「妬けるね」と猛。


「うらやましいだろ」と範経。


「上から目線だな。お前のそういう人を見下したところが嫌いなんだよ」と猛。


「そりゃ悪かったね」と範経。


「ほんとうに腹立つ奴だな。盗撮犯のくせに」と猛。


「ぼくじゃないよ」と範経。


「あなたたち、何しに来たの?ケンカを売りに来たのならどこかに行ってちょうだい」と由紀。


「今年の文化祭の実行委員会に参加してほしいんだ」と猛。


「断るわ。範経を疑ってのけ者にしている人たちに協力なんてしないわ」と由紀。


「なぜそんなに範経にこだわるんだ。君たち二人は勉強で断トツの学年一位と二位だし、スポーツや文化活動にも秀でている。なのに放課後をこんなふうにだらだら過ごすなんて無駄じゃないか」と猛。


「余計なお世話よ!」と由紀。


「私たちはこの三人で過ごす時間を大事にしているの」と祥子。


「この冴えない範経のどこがいいんだ」と猛。


「凡人のぼくたちに、この塚原範経君の素晴らしさを教えてもらえないかな」と猛の連れの山田隼人が言った。


「相手が優秀だから友達に選ぶなんておかしいでしょ。そんなこともわからないの?」と由紀。


「釣り合わないだろ。君たちと塚原君じゃ」と隼人。


「友達に釣り合いなんて考えないわ」と祥子。


「ぼくが無能だから、由紀ちゃんと祥子ちゃんが補ってくれているんだ」と範経。


「お前には聞いてないよ」と猛。


「ぼくは友達でいる理由を聞いてるんだけど」と隼人。


「好きだからにきまってるだろ。馬鹿じゃないの」と祥子。


「話にならないわ。委員会には参加しません。私たちはもう帰るから」と由紀。


「ここにいたのは、だらだらしていたんじゃなくて、範経の気分が悪かったからよ。もう、私が背負って帰ることにするわ」と祥子。


「そうなんだ。ちょっと恥ずかしいな」と範経。


「駅までだから我慢して」と祥子。


「本当に女子に背負われてる。すごいな」と隼人。


「由紀さんがこの二人の荷物も持つのか?」と猛。


「下の名前で呼ばないで!」と由紀。


「なんか悪かったね。事情がよくわかってなくて」と隼人。


「もう構わないでちょうだい!」と由紀。


「お前たち、由紀にすごく嫌われたぞ」と祥子。「範経、熱あるだろ。だいぶ熱いぞ」と背中越しに言った。


「そうかな。祥子ちゃんの背中、あったかい」と範経。


「ほんとうに変な奴らだな」と隼人。

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