《美湖》
ヒタヒタヒタヒタ
今まで無音だった暗闇に、突如、足音が鳴り響いた。
そしてそれはわたしの後ろに止まった。
「あなたは……美湖?」
声が掛けられ、後ろを振り向く。
わたしの目の前に現れたのは疲れきった表情の佳代子だ。
向けられた目は、光が消え去り、漆黒の闇のようだ。
わたしの心にふつふつと怒りが湧く。
「なんでわたしの体を奪ったの?わたしの体は死んだのよ!もう戻れない……」
わたしはそう詰寄ると彼女の顔に、怒りの色が見えた。
「わざとじゃないわ!触れただけでわたしはあなたに入ったんだから!」
わたしの態度に佳代子も語気を荒らげる。
その、悪びれもしない態度に、わたしは憤怒した。
「あんただって死んだ時悲しかったでしょ?苦しかったよね?わたしだって、あんたに体奪われて辛かったの!返せ…」
始めは諭すように言うも、毅然とした彼女の表情に、沸きあがる怒り────絶望。
わたしの中の何かが壊れたような気がした。
「返せ……返せ返せ返せ返せ!」
無我夢中に叫ぶ。
わたしは佳代子へ、叫んだ。
気づけば、喉が枯れ、叫ぶことすら出来ない。
わたしの頬から一筋の涙が伝う。
絶望に塗り込められた暗闇。
楽しかった日々が再び思い出され、わたしは号泣した。真っ暗闇。どこまでも続く闇。
「なんで…どうしてわたしをこんなところに…」
震える声で───そう呟いた。
佳代子は、自分はわざとじゃない、そんな声音で言う。
「わたしは悪くないわ。」
ゆっくりとわたしに諭すように佳代子は────そして語気を荒らげ、叫んだ。
「わたしが美湖の体を乗っ取ったのは何度も言うけどわざとじゃないの!」
佳代子は必死に叫ぶ。
わたしの心には復讐心が根を張っていた。
恨み節をぶつけ、最後に吐き捨てるように、言った。
「もう遅い!わたしもあなたも死んだの!」
一瞬────怯むような素振りを見せた佳代子だったが、淡々と、話し始めた。
「そうね。わたしのせいでは無いけど。わたしだって死んだの。お互い様じゃない?あなたも死んだ。わたしも死んだ。わたしは悪くない。どちらのせいでも無い。それでいいじゃない」
佳代子は、そう言い残すと、わたしの目の前から姿を消した。
スーッと姿が消えると、視界は再び、闇に飲まれた。孤独と恐怖が、わたしを襲う。
数分前────わたしの体はまだ佳代子のものとして生きていた。
しかし、今はわたしも、わたしの体も死んだ。
かりにこの暗闇から出られたとしても、元の暮らしに戻ることは無いだろう。
佳代子に、体を取られた時からずっと────わたしは、ここにいる。
今もわたしは、この闇の中にいる。もう逃げられない。
永遠に続く長い夜。この状況を表せば、その言葉がピッタリだ。それはわたしを絶望に突き落とすような、冷たい言葉だった。
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