《靖史》

────みこがたおれていました────

その置き手紙をみつけ、僕は信じられず、考えをめぐらせる。

急ぎ、財布を掴み、支度をする。


プルルルル

携帯電話が振動する。

ばくりばくりとなっていた心臓が飛び跳ねる。

震える足を無理やり動かし、携帯電話の置かれるテーブルへと歩を進める。

画面をのぞき込むと、そこには「洋子」と、名前が映し出されていた。

震える指は押させまいとするも、僕はそれを振り切り、通話ボタンを押した。

「パパ?!」

いきなり、携帯電話から響いた大きな声に、肩を震わせ、反射的に耳から話す。

走り書きのようなメモの文字と、焦ったような大きな声が重なり、恐ろしく、脳裏で反響する。

再び耳に近づけると、今度は少しだけ落ち着いた、洋子の声が聞こえた。

「美湖が衰弱で、あと数時間しか持たないって……!」

その言葉に驚き、考える。

けさ、美湖は会社に行っていた。

そして今、衰弱であと数時間しかないと言う。

普通ならありえないだろう。

考えを巡らせれば、あることが脳裏に浮かぶ。

────一年前からおかしかった美湖の様子……それが関係しているのだろうか。

気づけば、僕は車を走らせていた。

ひたすらアクセルを踏み込み、いそぐ。

車をしばらく走らせ、大通りを出れば、目の前に大きな建物――病院が現れた。

車を停めると、携帯電話を取りだし、電話をひらく。


プルルル────しばらくの沈黙の後、僕が切り出した。

「病院に着いたよ。どこに行けばいい?」

重苦しい沈黙の後、洋子が口を開いた。

「205号室に来て。」

先程の焦りの滲んだ声とは対称的な疲れきった声だ。

「わかった」

そうとだけ言うと、僕は車を出て、走り出す。

佰神台病院入り口────そう書かれた自動ドア。

開くまでの短い時間がやけに長く感じられた。

中に入ると、病院独特の消毒液の匂いが鼻をつく。

受付へと急ぎ、手続きをする。

手続きが終わると職員に案内され病室へと向かう。

エレベーターを上がれば、美湖の病室が見えた。

ガラ───ッ

重い開閉音を立て、扉は開く。

そこに広がる後継に絶句する。美湖は生きているか不安になるほど、身動きひとつせず、青白い顔をし、そこに横たわっていた。

ピピ、ピピ

心電図の機械音だけが、無機質な病室に響く。

洋子は俯き、疲弊しきった姿だ。

グルっと彼女の首がこちらに向けられる。

「来てくれたの…」

そう言うと、再び、力なく、項垂れた。

その刹那────

ビーッビーッビーッ

けたたましい警報音が病室に響き渡る。

バクリ、バクリ、バクリ

鼓動が、早く、大きくなる。

緊迫感が横たわる病室にさらなる音が響いた。

ガラーッ――!

勢いよく扉が開け放たれ、医師が駆け込む。

急に現実感がなくなり、映画のシーンのように、医師が美湖に心臓マッサージをする姿が目に飛び込む。

ピ─────ッ

心臓の停止を知らせる音が叫びのように響くと、僕の心は現実にひきもどされた。

医師の死を告げる言葉が虚しく響くと、時はコマ送りのようになった。

美湖は霊安室に運ばれ、ベッドは空白だ。

それは虚しく、悲しく、僕の心を蝕む。

絶望に支配された病室に、悲痛な叫びが響き渡る。

心は闇に落とされ、希望を抱けない。

現実は残酷だ。小説や、ドラマで見るような、感動的な死などないと思った。

葬儀業者が到着し、美湖は霊柩車に乗った。

傍らでは洋子が美湖の友人に電話をかける。

バタバタと、美湖の葬儀が過ぎ、僕の心には穴が開き、絶望が増大した。

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