《汐梨》
ガラ───ッ
オフィスの扉を開け、俯いた美湖が入ってくる。
戸惑うように辺りを見回すその姿が4月にやってきた新人の姿にそっくりで、違和感を覚えた。
そして美湖は異質な空気を纏っていた。
別人のような空気をまとい、挙動不審な美湖を見てわたしは違和感を感じたが、たまたまだろうと思うことにした。
彼女はドアに1番近い位置に座るわたしを見るなり声をかけた。
少し間を開けたあと、彼女は言った。
「わたしの席は、どこですか。」
つぶやくように放たれた彼女の言葉は明らかにおかしい。もう就職から二年がたったと言うのに、自分の席をしらないはずはない。
忘れたのだろうと、思おうとしたが、よそよそしいその言葉に、違和感はさらに、募った。
次の日になれど、美湖の様子はおかしいままだ。
そして、美湖が別人のようになってから、あっという間に一年が過ぎた。
わたしは、美湖に構う間もなく、忙しく自分の仕事をこなしていた。
昼休みになり、弁当を食べると、美湖の席に向かうことにした。
そこに座るのはまるで別人だった。
頬は痩け、ピッタリだった制服は今やブカブカだ。
話しかけると、返事は帰ってくる。しかしそれは、前の美湖とは違う。一年前におかしくなったきり、かわらぬ口ぶりで美湖は俯き応える。
わたしは、美湖を心配している。
しかし、どうすればいいのか分からない。
わたしは自分が犠牲になってまで、彼女を助けようとは思えない。
わたしが犠牲にならなければ美湖が助かることは無いだろう。直感的に、わかった。
そして、考えた末、会社帰り、美湖の家を訪ねることにした。これなら、わたしが犠牲になることは無いだろう。そう思い、美湖の家へと向かった。
そこに家はいつもと同じように佇んでいた。しかし美湖の部屋だけが闇に吸い込まれているかのように暗く沈んでいる。
恐ろしい。
不安に駆られる。
ここにいては行けない。
ここにいたら、わたしが取り殺される。
正体も分からないモノに。
逃げるように、わたしは帰った。
部屋に戻ると、わたしは、美湖の机の上にある写真を何度も見返す。
そこには、笑顔の美湖と、わたしが写っている。この笑顔が、もう二度と見られないことは分かっている。心の奥では受け入れられないががこれ現実だ。
ふわーっと美湖の写真から異質な空気が溢れ出る。
恐ろしく、暗い空気だ。
わたしは、恐怖に震えながら、美湖の写真の前で立ち尽くす。
そして、美湖の写真を、恐る恐る、伏せた。
わたしは情熱を抱けない。
そう。美湖が再び、あの頃の笑顔を取り戻すことはないだろう。わたしはそう確信している。
彼女が笑顔を取り戻すとき、それはわたしが犠牲になった時。
わたしは美湖を友達だと思っている。
美湖が、死んだら罪悪感を覚えるだろう。
それでも、わたしは犠牲になれない。
わたしが犠牲にならず、美湖を助けられるなら助けるだろう。
しかし、わたしが美湖を助ける時、それはわたしが死ぬ時だ。
わたしは美湖を助けることを諦めた。
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