《┈第一部┈》第二章

《佳代子》

このからだに入ってから1年。わたしはそれが、信じられない。美湖の暮らしは忙しく、一日がとても長い。わたしが生きていた日々とは比べ物にならないほど忙しい日々は、一日が永遠に終わらないのではないかと錯覚させられるほど、果てしなく長いのだ。

わたしの感覚ではもう、数十年がすぎたように感じる。それがまだ1年だなんて考えただけで気が遠くなりそうだ。わたしはこの身体が死ぬまでこの体にとらわれるだろう。あと何十年もこの体で呻き続ける、それを考えれば、わたしの心は絶望に染まる。

石の上にも三年。

数十年この檻で暮らせば、わたしは慣れてしまうかもしれない。それは、わたしが佳代子ではなく美湖になるということだ。そう考えると、とてつもなく恐ろしくて、逃げ出したくなる。逃げ出す場所もない。そう思えば、絶望に塗り固められる心。

会社の制服のボタンが、すぐに外れるようになった。 。この体に入って暫くはピッタリだった制服も一ヶ月もすれば、緩みがではじめ、今や、借り物のようだ。

それはこの体が衰弱している証だ。

それに比例するように、絶望が重みを増し、わたしにのしかかる。

家に帰ると、わたしは部屋に駆け込んだ。

美湖の、埃を被った鏡台を覗き込む。

そこに映ったわたしの顔は、生気がなく青白く、頬は痩けていた。

その姿が、わたしの────佳代子だった最期の姿と、重なる。

そして、身体を疲れがドっと襲い、ベッドに倒れ込むと同時に、眠りについた。

気づけばわたしは見覚えのない場所を、必死に走っていた。

走れど走れど同じ十字路に辿り着き、絶望が襲う。

足音がふたつになっていることにづき、恐怖が心に塗りこめる。

後に気配を感じ、振り返ると、そこには、真っ黒な影が立っていた。

強い畏怖を感じ、わたしは逃げ出した。

はぁぁはぁ────!

息が荒く、心臓がバクバクと鼓動する。

そして、わたしは夢を見ていたことにきがついた。

気づくと同時に、夢の内容がフラッシュバックする。

そして、わたしは気がついた。

それは、この街にやって来た日の記憶だ。

いや、振り返れば、わたしの記憶では無い───美湖の記憶が混ざっている。

わたしはまた、長い一日が始まるということに、絶望した。

休み時間、人々はわたしに話しかけるが、わたしは別のことを考える。

絶望に襲われ、常に逃げ出したい恐怖が心をチラつく。

まるで、牢獄の中にいるようだ。

逃げ出せない恐怖、絶望、孤独。重く、わたしに刺すような言葉が、脳裏を掠める。

孤独と恐怖がわたしを襲う。

このまま、わたしはこの体の中で孤独に生きていくのだろう。

そう、考えているとあっという間に休み時間は終わり、午後の仕事が始まった。

長い一日が終わり、その頃には二十二時になっていた。

部屋に戻ると、嫌でも鏡台が目に入る。

鏡に映る美湖の顔は、日に日にやつれていく。

かつて、艶やかだった彼女の髪は、今やパサパサで、生命力を失っていた。

美湖の体はわたしが入る前と今ではまるで違う。

全てがやつれ、屍のように化した。

わたしもこの身体から出たい。美湖もこの体を求むだろう。しかし、この体を失えば、わたしはあの暗闇に戻るのだろう。それも恐ろしくて、逃げ場のない恐怖に苛まれる。祈っても無駄だ。

そう思いながらも、この牢獄から抜け出せる日を願い、佳代子に戻りたいと願いわたしは静かにまぶたを下ろした。

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