人は初め、ウイルスを疑った。次に人為的な陰謀を唱える者が現れ、社会は混沌の渦へと突き落とされた。

 生まれて間もない子どもたちは親を見ると泣くようになった。見えずとも、触れられるだけで引きつけを起こし、人によっては喘息を起こし、恐怖に震えた。そして両親の手からは何も食べなくなった。

 親は狂い始めた。日に日に痩せて冷たくなってゆく我が子に顔を見せることも、触れることもできず、ただ隔離されるだけの生活は、彼らだけではない、親族、友人、知人、果てには病院の関係者の神経までもを狂わせていった。

 ──いくつかの新興宗教が出来て、すぐに解体された。

 政治家が何人も辞職した。

 死は死を呼んだ。

 加速度的に増してゆくすべての世帯における死亡数は、流れ始めた大河のようにその勢いを緩めることはなく、無限の水勢となって人々を押し流した。

 必然、【天使】の出現も増えていた。

 私たちが怒り、悲しみ、昂る時、彼らは現れては去ってゆく。私たちは、彼らを愛していた。それは今思い返せば当然のことであるが、同時に私たちにそんな権利はないということは自明である。

 愛などという言葉を吐けるほど、私たちは賢くないし、愚かではない。

 いいや、愚かという点で言えば、私たちは別の事柄について途方もなく愚かであった。

 衰弱死してゆく赤ん坊の親が、皆天使に触れられていたことを、学者が発表した。

 それを受けて【天使】は、社会という一個の群れの敵となった。





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