咎剣〈トガノツルギ〉

teikao

第1話

 これは日本の何処か。人口約230万人の都市、龍顎リュウノアギト市の物語。


〈4月1日 龍顎市北区〉

 19歳の青年、五和龍騎いつわりゅうきは近隣に住むアラサーのチンピラ、山本やまもとに詰められていた。


「りゅーうきくーん。10万円か巨乳の女、用意しろって言ったよね?」

「はい…」


 山本は龍騎を殴る。


「はいじゃねーよ、どっちもねぇってテメェ…俺を舐めてんだろ!ぁあ!?」

「す…すいませ…うぐっ」


 龍騎は山本にボコボコにされた。


「俺は優しいから少し待ってやる。1週間後までに20万用意しろ、今度持ってこなかったらお前の指なくなると思えよ」


 散々ボコボコにされ、脅しまでかけられて龍騎は解放された。山本の舎弟、堀部ほりべが龍騎に言う。


「用意できなけりゃ俺に言え、金貸してくれるところ教えてやるから」


 当然、堀部は龍騎を救う気などない。知り合いの闇金に連れて行き紹介料をもらうのが目的である。

 殴られた痛みが残る徒歩の帰り道。雨が降る中、傘も刺さずに歩く龍騎はポツリとつぶやいた。


「なんで…こんなことになった…俺が何したって言うんだよ…」


 …………

〈4か月前〉

 龍騎は高校卒業後、地元を離れて龍顎市にある車の部品加工工場に入社した。

 会社の仲間達とも仲良く、ごく普通の社会人生活を送っていた。

 冬に初めての賞与をもらった龍騎は先輩達に飲みに連れて行ってもらった。その時、酒も回り先輩達は少し声が大きくなっていた。


「おい、てめぇらうるせえぞ。俺らは楽しく飲んどったのに不快になったわ、迷惑料払えや」


 そこに現れたのが山本達だった。龍騎達は少し声が大きい程度で周りに迷惑をかけるほどではなかった。工業高校出身でイケイケの先輩達は理不尽ないちゃもんをつけてきた山本達と揉め、外に出て喧嘩を始めた。ボクシング経験者である山本に翻弄され、先輩達は全員ボコボコにされた。

 財布の中身を全て抜かれて、小便までかけられる先輩達をみて龍騎は声をあげる。


「け…警察呼びますよ!」

「あ?なんだお前」


 龍騎はそのまま半殺しになるほど殴られ、スマホの番号や保険証から現住所、そしてなにより、免許証から実家の住所までメモされてしまった。


「実家に火ぃつけられたくなかったら、毎月10万持ってこい。無理なら女だ。巨乳で可愛い子な」


 それから龍騎は毎月1日に金を渡していた。


 …………

〈翌日〉

 ボコボコの姿で会社に行く龍騎。先輩達は龍騎が山本からたかられている事を知っていながら、怪我については触れず、会話をしてもどこかよそよそしい。龍騎はとっくに先輩達には失望していた。


〈週末〉

 龍騎の住むアパートの部屋のインターホンが鳴る。


「お兄ちゃんどうしたのその顔!?」


 ドアを開けるとそこには妹の愛菜まながいた。


「ははは……実は…」


 龍騎は愛菜に全てを話した。


「許せない…警察に行こう!」

「でも、実家の住所が…」

「私達家族じゃん、お兄ちゃんのピンチなら住所が割れてるくらい何ともないよ!」

「…すまない」

「なんでお兄ちゃんが謝るのよwお父さんとお母さんにも相談しよう」


 龍騎の中古のポンコツ軽自動車で2人は実家に向かう。龍騎から話を聞いた両親はその足で一緒に警察に行ってくれた。

 警察に事情を話すが、帰ってきた答えは最低だった。


「わっかりやしたー、とりあえずその山本さんには厳重注意だけしますね」

「そんな、息子は酷い目にあっているんですよ!?逮捕してくださいよ!」


 父親は涙を流しながら訴えた。


「いやー、そう言われても、我々は民事不介入なもんで」


 龍騎達は警察に対する怒りと失望で肩を落としながら帰った。


「すまんな龍騎…何か困ったことがあったら俺たちに行ってくれ」


 父親にそう言われ、龍騎は帰った。しかし、この行いが龍騎たちにとっては大きな失敗だった。

 後日、山本は警察から厳重注意を受け、怒り狂う山本は龍騎に鬼電をした。


「あのクソガキ、でねぇ…おい堀部、クソガキの実家行くぞ」

「はい!」


〈その日の夕方〉

 仕事を終えた龍騎のスマホには山本からの鬼電が入っていた。


(もう嫌だ…)


 アパートに帰り風呂を済まし、スマホを見るとショートメッセージが届いていた。


「お前の妹、結構いい体してんじゃねーか。さっさと差し出せば殴られずに済んだのになw」


「…え?」


 龍騎は山本に電話をかける。


「こらりゅーき、お前電話でろよ、あんま舐めてると殺すぞガチで」

「妹に…何をした」

「あ?誰に口聞いてんだコラ…ぶち殺すぞクソ雑魚野郎!!!!!!」


 さすがの龍騎もここでは怯まない。


「俺の妹に何した!!」

「気持ちよくしてやっただけよw泣きながら喜んでたぞwあぁそうだ、堀部のち◯こもうまそうにしゃぶってたぞww」


 龍騎はすぐにアパートを飛び出し、ポンコツ自動車をぶっ飛ばして実家に向かう。

 実家は燃やされていた。消防隊が駆けつけていたが、ほぼ全焼しており家族は助からなかった。


「なんで…」


 龍騎は絶望し、しばらくその場から動けなかった。家族がどんな仕打ちにあった後に焼き殺されたのかはわからない。一つ想像できることは愛菜は山本達に散々レイプされてから焼き殺されたという事だけだった。

 絶望のなか、龍騎は後ろから頭を蹴られる。


「よー、お前の家、よく燃えてんなぁwわははははは」


 そこにいたのは山本と堀部だった。


「山本さんに逆らうからこんなことになんだよ。お前は奴隷なんだからもう人生諦めて山本さんに献金してろってw死にたくないだろ?」

「とりあえずテメェは俺に舐めた口聞いたから、こいつらの葬式ででる香典こうでん、全部持ってこいよ。持ってこねえとテメェも焼いてやるからな」


 龍騎にはもうコイツらが何を言ってるのか全く理解できなかった。

 

〈数日後〉

 家族の葬儀を終えた龍騎は完全に塞ぎ込んでいた。

 全てに絶望した龍騎は会社もやめ、龍顎市で募集している自殺サイトにアクセスしていた。


「何故、自殺を考えているのですか?」


 サイトの運営者からメッセージが届いた。自殺防止団体による釣りサイトだったのだろうかと思う龍騎。この際だから俺の絶望をぶち撒けようと思った龍騎は自身の身に起こった出来事を洗いざらい書いて送信した。その後しばらくして返信がきた。


「今夜0時、北区3丁目の廃ビルの四階に来てください」


 マジで来た。そう思った龍騎はほっとした。もう絶望しなくていい。俺も死んで向こうでみんなに謝らなきゃ。と思っていた。


〈深夜23時半〉

 早めに廃ビルに着いた龍騎は窓から入り、四階に向かう。


(てかここであってんのかな)


 龍騎が不安になりながら四階にたどり着くと、そこには1人、誰かがいた。


「…あの」

「あなたが五和龍騎さんですか?」


 廃ビルの窓から月明かりが目の前の人の姿を照らす。


「私の名前は月影楓つきかげかえで咎剣とがのつるぎとして、あなたの絶望を救いに来ました」


 そこにいたのは高校生くらいだと思われる、美しい少女だった。

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咎剣〈トガノツルギ〉 teikao @teikao7857

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