ヒーロー側の事情6 ~初デート、二人で花火大会に行く~


「花火大会に行こう」


真夏の夕暮れは、初恋の記憶に似ている。

どこか遠くの山で鳴くヒグラシの声、見慣れたはずの街並みが夕焼けに染まる。

打ち水で少しだけ冷えたアスファルトの匂い。

涼しげな風。

僕の感じる世界の全てが、僕の中に入り込んだ君を象ってゆく。

初めはあまり気乗りしなかった。


「ねえ、京一くん、今日花火大会あるでしょ? もし予定がないのなら、あの子誘ってあげてくれない」

君のお母さんが、庭先で打ち水していた手を止めると、僕にそう話しかけてきた。


君と花火大会に行く。

その事実が少なからず、僕の頬を朱に染めた。

今が夕暮れ時でよかった。


年に一度の花火大会は、お母さんを思い出すために逃げ込んだあの川縁で行われる。

記憶の中のお母さんと君を重ねる。

胸がぎゅうっと締め付けられて痛くなる。


君と二人で花火大会に行く。

僕は静かに君を想った。


夕食の後、父さんに了解を得て、僕はいそいそと着替えた。

お気に入りのTシャツと、バスケットボールの選手がはくようなハーフパンツ。

鏡の前で少しだけ髪をとかしてみた。

あまり見た目は変わらなかった。


玄関ドアを開けて車道に出ると、キミの家を目指して走る。

夕暮れの少しだけ冷たい風が僕の頬を撫でて冷やす。


君の家の前に立てば、僕はヒーローだ。

お姫様をお迎えに上がったんだ。

そんな気持ちになっていた。


チャイムを鳴らした。

ほどなくして、扉の向こうでトントン、と君の足音がした。

この扉が開いた後、僕は君を守るヒーローになる。


君に何と語りかけよう。

君は僕にどうして欲しいだろう。

君は僕をどう想うだろう。

いくつもの自問自答は、だがしかし、次の瞬間、僕のまだ浅いヒーローの仮面とともに吹き飛んだ。


「京くん!」


っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「……」

僕は息ができなくなった。

音が聞こえなくなった。

何も見えなくなった。

キミ以外。


「アハ、迎えにきてくれたんだ、ありがとう」

微かに湿った形の良い君の口元から零れ落ちる美しい音、音、音、音。

玄関ドアの先、真夏の夕暮れの光を受けて、瑞々しく佇む。

微かに流れ香る、君の存在。


「……」

僕の砂時計、その中で砂たちは静かに落ちてゆく。

その落ちゆく砂たちの速度に従って、僕の中で育てた薄い仮面達はいとも容易く剥がされてゆく。


「ぅ!」

急速に胸が締め付けられる。

痛い……痛いよ。


君を守るヒーローなんて浅いものだ。

脳髄を電撃で焼かれて、小さな僕の世界は砕けて散った。


「あら、どうしたの? 京一くん」

鉄塊のように固まった僕にキミのお母さんが話しかける。


「あ……」

言葉にならない。

何をすればいいのか分からない。


「クス」

棒になったままの僕を見て、キミが思わず噴出した。


「ほぉらっ、王子様、しっかりしなさい。そんなんじゃうちの姫は預けられないわよ」

お母さんが笑いながら僕の腰をポンと叩く。

「あぅ」

みっともない返事。

それでもこれが精一杯。


当然だろ?

大した経験もない僕の無防備な意識の中に、いきなりキミが飛び込んできたのだから。



☆-----☆-----☆-----☆-----


「ヒーロー、京一のステータス」

1、覚醒までに消費した時間 :3か月間を消費

2,ヒロインの残り時間   :5.5年マイナス3か月間

3,ヒロイン?母親?    :(母)☆☆☆☆☆0★★★☆☆(ヒロイン)

4,Mっ気         :レベル2→1へ下降


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