ヒーロー側の事情2 ~キミの名前~



突然、背中側で声がした。

「?」

蓮華草が喋った?

そう思った。

すると僕の影に重なるようにして、細い影が背後からスゥと伸びて来た。

「君、ひょっとして、この前引っ越してきたひと?」

「?」

話しかけられているみたいだ。

僕は後ろを振り返る。



ドクン!



その瞬間、背中に電撃が走る。

「っ!」

息を呑む。

胸の辺りがドクドク鳴る。

タイルの上に座ったまま、身体が動かなくなる。

まるで身体だけ時間を止められたみたいだ。


「……」

「ん、どうしたの?」

「え?……あ、いや。うん、引っ越してきた……ひと……」


僕は随分間抜けな顔をしていただろう。

問われるままに答える。

この辺りに引っ越してきた人なんて大勢いる。

でも何故か僕は、自分のことを言われている気がした。

「アハハっ、やっぱそうなんだ。キミ、あたしんちの傍に引っ越してきたんだよ。知ってた?」


目の前に女の人が立っている。

とても、とても綺麗な人だ。

年齢は僕と同じくらい。

黒い髪がサラサラと揺れている。


「あ……うううん。知らない」


僕はまだご近所さんを誰も知らない。

当然、目の前の人のことだって知らない。

でも、なんでだろう?

不思議な気持ちがジワリと胸の中に広がってゆく。

理由は分からないけれど、少女と初めて会った気がしなかった。


「……」

懐かしい香り。

とても懐かしくて良い香りがする。

先ほど、蓮華草から流れて来たと思った香は、少女からのものだ。

フワリ、ふわふわ。


どこか遠くの、草原の中を思わせる心地の良い香りがする。

美しい緑に覆われた草原。

……。

竜王山……。

不意に、そんな言葉が僕の頭の中に浮かんだ。

理由は分からない。

突然のことだった。


「ねえ、君の名前はなんていうの?」

少女は僕の名前を尋ねた。

黒耀のように美しい瞳が、空の青を反射してキラキラしている。

「名前……?」

「うん」

心臓がドキドキしていて、上手く答えられない。

喉のあたりにギュッと力が入っている。


「きょ……きょう……いち。天川……京一」


そう告げるのがやっと。

まだ肌寒い風が吹いているのに、背中は汗ばんでいる。


「へー、きょういちっていうんだ! カッコいい名前!」


すると少女は僕の傍へぴょんと飛び跳ねた。

綺麗な髪の毛が春の淡い日差しを受けて、サラサラと舞う。


「ねぇ、じゃあ、あたしの名前、知りたい?」

ひょいと僕の顔を覗き込んで来る。


ドキン!


心臓が大きく跳ね上がる。

陽の光を受けて、爛々とした少女の瞳の中心に僕が写っている。

こんなに綺麗な目がこの世界にあるのだろうか?

そう思った。


「う、うん」


名前を知りたい。

精一杯の返答だ。


「エヘ、そうでしょ~? 知りたいでしょ? じゃあ教えてあげる。あたしは、“ことのれんげ”っていうの」

「っっ?!」

ビリリッ!

再び、電撃が身体を駆け抜けた。

その衝撃は先ほどとは比べ物にならない。


ドクン! ドクン! ドクン!


体温が上昇する。

心拍数が一気に跳ね上がる。


れんげ。

母さん。

母さんの名前だ。

もう二度と会えない僕だけの母さんの名前じゃないか。


ギュゥゥ!

突然胸が苦しくなった。

息がしにくくて、目の前が霞んでフラフラしてしまう。

僕は“れんげ”という名の少女を見つめたまま固まった。


「じゃあさ、じゃあさ! あたしの氏名、漢字で書ける? 平仮名じゃないよ、漢字だよ?」


少女の美しい目が爛々と輝く。

とても綺麗な色をしている。

僕の胸は相変わらず苦しいままで、心臓はドクン、ドクンと鳴っている。


「書けるよ。キミの名前」

ハッキリとそう告げた。

「え……?」

一瞬だけど、キミのとても綺麗な顔が強張った。


綺麗な両目を見開くと、僕に喰ってかかるようにして大きな声を出す。

「うそっ!」

「……え?」

突然の声に僕は震えた。


「嘘よ! そんなの嘘! あたしの名前ってとっても難しい字なのよ?」

「……」

キミの余りの勢いに、僕は黙り込む。



☆-----☆-----☆-----☆-----


「ヒーロー、京一のステータス」

1、覚醒までの時間   :5年と9か月間

2,ヒロインの残り時間 :上記+1日

3,ヒロイン?母親?  :(母)☆★★★★0☆☆☆☆☆(ヒロイン)


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