ヒーロー側の事情1 ~傷心~



「京一、強い男になりなさい」


それが母さんからかけてもらった最後の言葉だった。



僕が小学生になって最初の年。

母さんの葬式は、病院から亡骸を持ち帰りすぐに行われた。

死因は多臓器不全だったらしい。

顔が黄色く変色し、毎日、痩せ衰えていく母さんの姿を見るのは地獄の責め苦のように辛い。

少なくとも僕にとっては大きな悲しみだった。


みんな苦しい時、辛いとき、「お母さんっ!」って泣き叫ぶじゃないか。

絶対安全圏である母さんを思えば安心できるじゃないか。

僕はそれを失った。


ドン、と地獄に突き落とされた気持ちになった。

幼い僕を守ろうと気丈に振舞う父さんのことなんてどうでもよかった。

塞ぎこむ日々が続いた。


僕の環境を変えるため、父さんは引っ越しを決めた。

まだ寒さの残る3月、これまで住んできた場所を離れ、横浜市に移り住む。

来月から新しい小学校に通うことになった。

今はちょうど春休み中。

転校初日までの日々を一人で過ごす。


「母さん……」

ポツリと呟く。

住む場所が変わったからといって、頭から母さんの記憶が離れることは無い。

ただ悲しかった。

喪失の辛さから逃げるため、僕は新しいこの街を歩き回った。

僕だけを慰めてくれる居場所が欲しい。

心の中はそれだけだった。


テクテク、テクテク。

国道を下っていくと、大きな川にぶつかる。

対岸が随分遠くに見える。

川には大きな橋がかかっていて、車がビュンビュン通り過ぎてゆく。

まだ冷たい4月初旬の風が僕の頬をパタパタ叩く。


ビュォォ~。

グォォォ~。

強い風が吹いている。


僕は橋を渡って向う側へ行くのが怖かった。

向こう側には僕の知らない異空間が広がっている。

だって遠くに無数の高層ビルが見えるから。

太陽の光を受けてギラリと輝き、まるで地面から巨大な針が突き出しているようだ。

橋を渡れば二度と此処へは戻れない。

悠然と流れる大きな川が、まるで僕を拒絶しているみたい。

……。


川に沿って上流を目指すことにした。

堤防沿いを一人ぼっちで歩く。


タッタッタ……。

チリンチリン。

タッタッタ。


ランニングする人、サイクリングの人、いろんな人とすれ違う。

「……」

どこか冷たいみんなの顔は、まるで仮面をつけているように見えた。

地面を向く。


ピィ~ヒョロロォ~。

上空を一羽の鳶が飛んでいる。

空は青い。

でも心の中はどんより曇っている。


行く当てがあるわけじゃない。

折り返し地点があるわけでもない。

どこかで引き返さなければならない。

どこで足を止めよう……。

そう思い始めた僕の視界に、懐かしいものが飛び込んできた。


「あぁ……アレは」

蓮華の花。


「母さん……」

僕は堤防沿いから土手を下って河川敷へと入る。

人口的に埋め立てられた土手には、セメントの四角いタイルが縦横に敷き詰められている。

母さんは、たくさん並べられたタイルを見て「板チョコみたい」と言っていた。

タイルは1枚あたり50センチメートル四方ある。

随分大きな板チョコだ。


その先に視線を向かわせる。

向こう側には、薄紫色に色づく蓮華草が広がっていた。

母さんと同じ名前の花。

胸にシクシクと寂しさが込み上げて来る。


蓮華草。


花言葉は“やすらぎ”。

母さんがそう教えてくれた。

僕は風に揺られる蓮華草を見つめながら、タイルの一つに座り込む。


トスン。

お尻の辺りが冷んやりした。

「うっう~ん……」

座ったままの姿勢で伸びをする。

背筋が伸びて少しだけ心地いい。


ひゅぅ~。

風が吹き抜けると、流石にまだ肌寒い。

こうして川を眺めながら座っていると、不思議と心が和らいでゆく。

先ほどまで感じていた寂しさや悲しさが、少しだけ和らぐ。

サラサラサラ。

草々が擦れ、優しい音を鳴らす。

ふわり。

蓮華草の香りが流れ込む。



「ねえ、君、だれ?」




☆-----☆-----☆-----☆-----


「ヒーロー、京一のステータス」

1、覚醒までの時間   :5年と9か月間

2,ヒロインの残り時間 :上記+1日

3,ヒロイン?母親?  :(母)★★★★★0☆☆☆☆☆(ヒロイン)


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