ヒーロー側の事情3 ~あなたは私のもの~


キミがニヤリと笑う。


「君じゃ書けないよ、絶対に♪」

どこか悪戯っぽい微笑みを浮かべている。

キミは僕が『書けない』と返事することを期待していたのだろう。


でも僕は書ける。

“れんげ”という漢字を間違えることなく、書けるんだ。


「いいよ、じゃあここに書いてみる」


足元の地面を指差して、そう告げる。

ここは川のほとり。

水気を含む風にさらされる。

セメントのタイルには黒コケが生えている。


僕はその辺に転がっている拳くらいの大きさの石を拾う。

石の尖った先端でタイルを擦れば、コケが剥がれてタイルの白い表面が露出する。

簡易黒板の出来上がりだ。

僕はコケに覆われたタイルの上に、キミの名前を書きあげた。



“蓮華”



一字一句、書き順も誤ることなく、キチンと。

それから少女の顔を見上げると「どう?」と聞いてみる。


「?!」


一瞬キミの大きな瞳が、さらに大きく見開かれる。

とても綺麗な、瑠璃色の瞳孔がスゥと細まってゆく。

その中へ意識がフゥっと吸い込まれそうになる。


「わぁ……」


キミは両手を口元にあてると、感嘆の声を漏らす。

それから、僕の瞳をじぃっと覗き込んできた。


「!」


ドキン!

再び僕の心臓が飛び跳ねた。

なんて綺麗なんだろう……。

それ以外の言葉が僕には浮かばない。


すると次の瞬間、キミの顔が少しだけ意地悪になる。

「ぶっぶぅ~! 不正解♪」

ペロン。

舌を出して、ケラケラ笑う。


「え?」

自信のあった僕は、キミの返事に戸惑う。

間違えたはずがない。

絶対に合っている。

だってこの字は……。

するとキミはこう言った。


「だって“コトノ”って漢字が書かれてないも~ん♪」


どうだっ!

そう言わんばかりに両手を腰にあて胸をそらす。

「……」

あまりに天邪鬼な答えに、僕はキョトンとする。


「君の答えには苗字が含まれていませんでした♪ だから不正解! ぶっぶぅ~!」

イタズラっ子のような顔をしている。


黒い髪が春風に吹かれて、美しく舞っている。

再び、心地の良い香りが僕の傍まで届く。

なんて綺麗なんだろう……。

僕はぼぉっとしたままキミに見惚れる。


「……ふ、フフ」

屈託なく笑うキミの顔を見ていると、何故か僕まで楽しくなってきた。

先ほどまでは母さんのことを思い出して泣きそうな気持だったのに、悲しい気持ちが吹き飛んだ。


「アハ、アハハ、じゃあ“蓮華”っていう漢字は正解ってこと?」

スゥ。

ようやく金縛りから開放された気がする。

僕はピョンと立ち上がると、キミに問いかける。

するとキミはすぅと目を細めた。

それから、その視線で僕を絡め取る。


「?」

すると再び、僕の胸の中に、緑色に覆われた美しい草原の景色が流れ込んできた。

サラサラ。

心地の良い風。

竜王山……。

小高い丘のようになった草原地帯。

柔らかい風と、暖かい日差し。


「あれ……? ぼく……ここ……知ってる……」

どうしてだろう?

胸がぎゅぅっと締め付けられる。


僕は竜王山なんて名前の草原を訪れた記憶は無い。

何処にあるのかも分からない。

でも、何故か竜王山の頂上に広がる草原のことを知っている。

とても懐かしい。

とても懐かしくて、切ない場所。

僕の胸の中に淡く、そして切ない気持ちが溢れ出す。



「正解よ」



キミはそう告げた。


美しいキミの顔が、僕の両目をじっと見ている。

何かを探しているような不安定な視線。

とても綺麗で、引き込まれそうな視線。

キミは僕と同い年くらい。

それなのに、とても大人びた“女性”に見える。


いや……違う。

まるで別世界のお姫様のようだ。


キュッ。


胸が再び苦しくなった。

そして動けなくなる。


「どうして書けたの?」

キミが問いかける。

真剣な眼差し。


ドクン、ドクン、ドクン。


僕の心臓が再び大きな音を鳴らす。

美しいキミが、信じられないくらいに、さらに美しく変貌したからだ。

ゴクリ……。

僕は空気を飲み込んだ。

でもそんなキミの問いに対して、またしても僕は明確な答えを持っていた。

だからハッキリと答える。

決してキミの美しさに飲み込まれないよう、強い心でハッキリと。


「僕の一番好きな人の名前だから。蓮華という名は。だから書けた」


一番好きな人。

紛れもなく母さんのことだ。


そして、僕の返答を聞いたあとのキミの顔を、僕は忘れない。

美しいだけじゃない。

何かを我慢し、何かを諦め、それでも何かを掴もうとする。

そんな不思議で、不安定な表情。


キミはとても難しい気持ちを一人きりで抱えている。

でもその苦しみから突然解放されて、笑顔がパァと広がった。

そんな感じ。

でも……。

それも一瞬のこと。

笑顔の後に泣きそうな顔がスゥと戻って来た。


美しいキミの表情が移ろいゆく。

僕と同い年の少女の顔じゃない。


「そう……。そうなの」


キミは、愛おしそうな顔で僕を見つめている。

それからこう告げた。

「“わたしね”、知ってるの」

僕はキミの言葉を静かに待つ。


「私は、私の真名(しんめい)を書けた人のために生きているの」


キミは僕の正面に向き直る。

それから僕を見つめたままに最後の言葉をこう残す。




「あなたは、私のもの」




☆-----☆-----☆-----☆-----


「ヒーロー、京一のステータス」

1、覚醒までの時間   :5年と9か月間

2,ヒロインの残り時間 :上記+1日

3,ヒロイン?母親?  :(母)☆☆☆☆☆0★☆☆☆☆(ヒロイン)


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