第5話

美明と梨花は階段を上る。

美明は梨花の姿をしたそれに,叫ぶ。

「あんた,いつまでついてくるの?」

それは答えた。

「逃がさない」

女が言い終わると,梨花の姿が消え,鏡に映っていた異形の姿に変わった。

美明は女から逃げようと階段を駆け上がる。

一段一段登るたび,足には激烈な痛みが走る。

足を叱咤し,登り続けた。

女の姿が見えなくなり,足を止めた。

すると,光に霞んでいた目の前からは段々と霞が消え古びた鳥居が現れた。

鳥居をくぐる時、額に強い衝撃が走り美明は倒れ込んだ。

 

 

気が着くと美明は白装束姿で竹箒を握り,板張りの床を掃いていた。

なんで?

その言葉が口をついた。

ここはどこだろう。

「床をはきなさい」

聞いたこともない,女性の声が,脳裏に響く。

そして,今すぐ,床をはかなくてはならないという使命感に駆られ,竹箒を持つ手に,力を入れる。

痛っ…!

竹箒をぎゅっと握ろうとすると掌にヒリヒリとした傷みが走る。

美明は恐る恐る掌を確認した。

何これ…?

赤い擦り傷が無数に着いた手のひらは見るからに痛々しい。それにしても見覚えがない。

ここがどこか散策してみよう。そう思った美明は箒を壁に掛け,廊下を歩く。

ミシッ 

床がきしむ。

普段であればなんとも思わないその音にびっくりし,ヒィイっと悲鳴を上げる。

廊下の曲がり角を曲がる時、美明と対照的に華やかな着物を着た中年女性とすれ違う。

すれ違いざまに女性は美明に強い口調で言い放つ。「奴瘉、床の掃き掃除は終わったのですか。」

美明はその威圧感に押されて思わず「ハイ。」と言ってしまった。

しかし美明は奴瘉では無い。だが女性は美明を奴瘉だと思っているようだ。

美明は意を決して本当のことを言ってみることにした。

「あの……私、美明です……奴瘉じゃありません。」

美明の口から発せられたその声はとても落ち着いた声で美明のものでは無いように感じた。

彼女の言葉と重なり,自分は本当に美明なのかとも思ってしまう。

そんな美明を女性は睨みつけながら諭すように,バカにするように口を開いた。

「奴瘉。貴女、自分の名前も分からないのですか。そんなのではこの神社の管理人が務まりませんよ」

美明はもう何もかもがどうでも良くなり、女性に思っていた事を全て言う。

「貴女誰なんですか?私は美明です。 奴瘉でもなければここの管理者でもありません!」

美明の態度に女性は顔の顔は真っ赤になり言い放つ。

「私は水夜みや。奴瘉、貴女の母ですよ。貴女は山神神社の管理人なのですよ。

いい?みこ一族は亡くなったの。この神社を廃神社にさせないように私の代から管理者として,せめて神社を滅びさせないようにしなくてはならないのです!今,隣町の神社に巫女を分けろと交渉しているけど,承諾されない限り私たちが管理をしないと。」

美明は水夜に恐怖感を抱く。

この場所すら恐ろしくなった美明は神殿を逃げ出し川に沿って山を下る。

山を下り切るころにはかなり息も荒くなっていた。

すると一人の男性がこちらに近づいて来た。

直感的に,先ほど,水夜が言った隣町の宮司だと思った。

美明は男性にここはどこかと聞こうとする。

ここは……

そちらに向かい歩き出すと、男性はこちらに飛びかかり、美明を縄のようなものでしばりつけた。

背中に衝撃が走る。

視界は遮られ、声も出せない。誰の声も聞こえない。

手足も縛られて動かせない。身体が揺れる。揺れる。

何時間くらいたっただろうか。縄は解かれ体が自由になり、視界に光が差し込む。

布団に横たわる美明を水夜と少女が覗き込んでいる。

「奴瘉…起きた?」

少女が美明に話しかける。

美明はばっと起き上り、「あなた、誰?」と少女に問う。

「奴瘉……」

少女は美明を哀しげな目で見つめながら涙を流していた。

そして少女に代わって水夜が言い放つ。

「奴瘉、彼女は叉夜さよですよ。貴女の妹の叉夜ですよ。

 奴瘉、貴女は悲歌ばかり歌って、管理人が務まると思っているのですか。」

水夜は相変わらずの責め立てるような口調で美明に話しかける。

「いいから、奴瘉。寝てなさい。」

水夜は強い口調で言葉を続け、叉夜と共に部屋を出て行った。


 

水夜と叉夜が部屋を去ってすぐ、美明は疲れていた為かすぐに眠りについた。

「奴瘉の…御霊の石碑……」

「蛇々神川の生贄……」

「葬る……」

隣の部屋から人々の声が聞こえる。

シャ――……

麩が開く。

シャ――……

別の麩が開く。

ダッダッダッダ

人々がいっせいに入ってくる。

人々が美明に飛びかかる。

二人の男が美明を縛り付ける。

二人の男が美明を持ち上げる。

二人の男が美明を屋敷から連れ出す。

二人の男が美明を社に閉じ込める。

怖い

辛い

憎い

嫌だ

助けて

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

負の感情が美明の心を埋め尽くす。

憎い

憎い

憎い

憎い

憎い

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

憎しみの感情が美明の心を埋め尽くす。

絶対に貴方を許さない。

ウギャー

背後から炎を纏った獣が迫る。

怖い

怖い

怖い

怖い

怖い

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

恐怖の感情が美明の心を埋める。

ウギャー

魔物はどんどん迫って来る。

そして美明を飲み込む。

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

 


「あなた!あなた!起きてください? 」

知らない男性の声で,美明は目を覚ました。

さっきまで美明の心を埋めていた憎悪の感情を思い出す。

ウギャー

神殿の中から聞こえる獣の雄叫びが脅威で神域と美明の心を埋め尽くした。

ウギャー…………

 


 

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