本編
第1話
梨花はパソコンの画面を食い入るように見ていた。
そこには『奴瘉悲歌の伝説』という文字が大きく映し出されている。
さらに早まった鼓動に気を止めることも無く、読み進めていく梨花。
染まる。梨花の目はゆっくりと、少しずつ狂気の色に染まっていく。
梨花は焦げ茶の目だったが段々と炎のような垢絵と豹変した。
サイトの後の方に歌詞を見られるURLが貼り付けてある。
自己責任と書かれていることも気に停めずに、
梨花は迷うことなくURLをクリックした。
この世とかの世のたよりに響くあはれがり。
こだまするあはれがりがわれときみを支配す。
いかで…など…君はここに
聞きて気の遠くならむわびしき物語。わが涙にあはれがり光る…………
部屋に木霊する梨花の声。
梨花はこの詩を知らない。
しかし声がスラスラと出てくる。
ポロポロと涙が溢れ出す。同時に狂ったような笑みがこぼれた。
悲しい。でも嬉しい。複雑な感情が梨花の心にうずまき、涙と、笑いの嵐が、彼女を包む。
知らない詩を何故か梨花は最後まで歌った。
歌い終わる頃には梨花の目には強い狂気が宿っていた。
赤く、今にも叫び出しそうな狂気の目だ。
サイトを読み終えた時、梨花は何故かとても興奮していた。何故だかは分からない。言葉では表せないほどの興奮が梨花を包む。体は熱くなり、またあの歌を歌いた衝動に駆られる。
この歌を口ずさむと…
末尾の文章はそこで途絶えていた。
梨花はその文に気付かず、パソコンを閉じた。
気付けば梨花はまた歌い出していた。
トントントントントントン
梨花の部屋の扉をノックする音が聞こえ、ハッとする。
今日、梨花のマンションに泊まる予定の美明だろうか。そう思い、ハッとした。
ふだん美明はノックなどせず、インターホンを押すはずだ。
叩き壊さんばかりに響くノック音に梨花は違和感を憶えた。
誰だろうと恐ろしく思い、梨花は玄関に向かい覗き穴を覗き込む。
キャーーーー
覗き穴に映るものを見て尻餅をつく。
それは異質なものだった。
吸い込まれるような漆黒の目、ポッカリと空いた口、ボサボサの長い髪、真っ白な体…
一言で言うと幽霊、否、妖怪のような見た目だ。
さすがに、居るはずが無いと思い、梨花は考え込む。
仮に人間だとしても、ハロウィンでもないのにそんな格好する人なんて、不審者だ。梨花はどちらにせよ恐ろしいと思った。
それからも、梨花は動けずにその場に尻もちを着いていた。
どれくらい経ったのだろうか。
未だノックを続ける女。
鉄扉扉は歪み、今にも壊れそうになる。
ドン!!!ガラ、ガラ……ガラ、ガラ
ついに扉は壊され、破片が飛び散る。
弾かれるように体の自由を取り戻した梨花は逃げるように背後の階段を駆け上がる。
梨花の頭にひとつの考えが巡った。
この後どこに逃げよう…まって…わたしの家ってマンションだよね…階段なんて…ないよね…
梨花は急いで引き返そうと思い振り向いた。
しかし、背後には女が追いかけてきている。
逃げ場がない。このまま昇ってもどこにたどり着くか分からない。でも引き返せば女に捕まる。
やむを得ず、梨花は登ることを決意した。
気が着くと梨花は自宅では無い場所にいた。
はっ…ここはどこ?
気を失っていたようだ…………
とりあえず梨花は立ち上がる。
ま…眩しい
晴れの日でも考えられないような、眩しい光が天から降り注いでいる。
くらーっと目が眩む。
暖かな光ではない。鋭い、狂気に満ちた眩しい光。
そこは古びた神社の参道であった。
梨花は恐ろしくなり、引き返して鳥居を潜ろうとするが結界があるかのように跳ね返って通れない。
何度も、参道と、鳥居を行き来した。
何度やっても同じようにくぐれない。
茫然としていると光に包まれた人影たちがこちらに向かって歩いてくる。
逃げようとするけど、金縛りにあったかのように動けない。
ばくん、ばくん、ばくんと心臓が波打つ。
光に包まれた人々は何かを呟いている。
耳をすまして見て、悪寒が走った。
彼らが口ずさんでいたのは先程インターネットで見た奴瘉悲歌の伝説の詩だった。
梨花はその中の一人に抱えられる。
いっしゅんなにがおきたかわからなかった。
それはさっき追いかけてきた女だった。
フワーッと身体が浮き上がるとみている景色がスローモーションのようになった。
神殿を包む空気は先程の鋭い光とは対照的に、重く、くらい。
次の瞬間背中に衝撃が走る。
梨花を神殿に投げ込んだ女は光に包まれた人々の中へと消えていった。
そのときある言葉が口をつく。
この世とかの世のたよりに響くあはれがり
こだまするあはれがりが……
それはあの詩であった。
神殿の中はとてもくらい。
周りの空気も暗かったが、そこは吸い込むような暗さで比べ物にならないくらい、真っ暗だ。
梨花は光を探して色々な方向をむく。
後ろを振り返ると遠くに炎のような光が梨花に近づいて来ていた。
梨花に向かって光る影がこの世のものとは思えない速さで近づいてくる。
梨花は後ろへ退く。
ヴギャー
雄叫びを上げながら近づいてくるそれに梨花はあっという間に吸い込まれて行く。
理科の姿は一瞬にして消滅した。
ギゃぁーーーー
神域に梨花の悲鳴が余韻を残す……
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