第2話 有名アイドルとの出会い、そして爆増する同接

 ダンジョン攻略系配信者――“ミカ”。


 遠目からでもよく目立つ鮮やかなピンクの髪に、そこいらの芸能人よりも遥かに整った顔立ち。

 装備は露出度の高いビキニアーマーと、小柄な身長には不釣り合いなほどの馬鹿デカい大剣。


 しかし、彼女の魅力はビジュアル面だけではない。


 こんなに可憐なルックスを持ちながら、その能力面も一級品。

 主な配信内容は上級ダンジョンの攻略で、たとえ目の前にどんな強力なモンスターが立ちはだかろうと一刀両断にしてしまうほどの実力の持ち主である。


 その人気ぶりは桁外れで、平均同接はなんと驚異の“20万人”超え。

 まさしくダンジョン配信界の完全無欠のスーパーアイドル。


 そして、そんな人物が今まさに――。




「ほ、ホンモノだ……」


 呟いた声が思わず震えてしまう。


 無理もない。

 相手は引きこもってばかりで世間に疎い俺でも知ってる有名人にして、世の男子たちの憧れの的。

 正直こうして生で姿を拝めただけでも、とんでもなく幸運と言えるくらい凄い人である。


 しかし、事はそれだけに留まらなかった。



「あ、こんばんは~♡」


「……っ!?」



 あ、挨拶……だとっ……!?


 予想外に次ぐ予想外。

 俺の頭は半分パニックになってしまった。


 マジかよ、こんなことがあっていいのか……!?

 てっきり俺なんて見向きもせず通り過ぎると思ったのに、まさか声まで掛けられるなんて……。

 たしか俺の“幸運”の数値、『27』とかだったはずなんですけど……!?


 ……いや待て! とりあえず落ち着くんだ俺!


 挨拶されたらちゃんと挨拶し返す……それがダンジョンの掟! 登山と同じく守るべきマナー!

 あくまで自然に……落ち着いて冷静に対処すればそれでいいんだ!


 お前ならできるはずだ、小森守!



「あ……ど、どゅも」



 ちくしょぉおお噛んだぁあああああっ!!!(泣)


 うわー最悪だよ! どんだけテンパってんだよ俺!

 こんなの完全に変なヤツじゃないかっ!! 今どき挨拶もまともに返せないってお前っ!!


 うぅ……まさか引きこもりによる対人コミュニケーション能力の低下がこんな形で表れてしまうなんて……。

 こんなことなら配信前に発声練習でもしておくんだった……。


 ああ、それにしても俺はなんて恥ずかしい失態を……。

 穴があったら入りたいくらいだよ……いや、ゆーてもう穴の中か。そういやここダンジョンだったわ。


 あああああ! もうダメだ!

 終わりだ俺の人生!!!


 心の中で頭を抱えてもがき苦しむ俺。

 我ながらとんでもない恥をさらしてしまった。


 案の定、ミカさんの視聴者からは沸き起こったのは嘲笑の嵐だった。



>「ど、どゅも」www

>おもっきし噛んでて草ァ!

>わずか三文字も言えないヤツwwww

>そもそも動きが挙動不審すぎるw

>目ぇ泳ぎすぎだろww

>どう見ても陰キャで草

>おいおいお前らやめたれww


>なぜ笑うんだい?彼の挨拶は上手だったよ



「……おぉう」


 うわぁ、めちゃくちゃ馬鹿にされてますやん……。

 つーかコメントのスピードはっや。


 さすがは有名配信者。

 たった3人の視聴者しかいない俺の配信とは、コメントの流れていく速度が桁違いすぎる。

 速すぎて追うだけで目が滑りそうだ。


 と、そのときだった。



>お、てか



 ……え?


 恐らくは近くを飛ぶドローンがミカさんの配信画面に映ったのだろう。

 俺も配信中であることを向こうの視聴者の一人が気づいた。


 さらには――。



>あ、ホントだ

>よし、いっちょ陰キャくんを冷やかしに行ってやるかw

>いいやんwおもしろそうだから俺も行くわ

>え、じゃあ俺もチラ見だけしに

>でもなんてチャンネル?

>わからん

>まあ適当にここのダンジョン名とかで調べれば出てくるっしょ

>たしかに!



「え……は……?」


 おいおい、なんだこの流れは……?

 まさかとは思うがコイツら……。



>お、見つけた!“こもりんチャンネル”だって!

>ナイス!

>よっしゃ!

>うおおおお待ってろよこもりん!

>突撃の時間だぁあああ!!!!



「ちょっ……!?」


 まるでポチャンと水に落ちた小石が波紋を広げるがごとく。

 たった一つのコメントがきっかけとなり、次々と動き出すミカさんの視聴者たち。


 そうして、あれよあれよという間に俺の配信は――。



 *――――――――――――*

   5.3万人が視聴中です

 *――――――――――――*



「ごっ……!!」



 5万3千んんんんんん!!!!??!??



 俺は心の中で絶叫した。


「マジかよ……アイドルパワーすごすぎ……」


 たまたま出くわしただけでこの影響力。

 ハンパないにもほどがある。


 ただ、そんな風に俺が圧倒されている一方で――。


「こ~ら~! 他の配信者さんに迷惑掛けちゃダメでしょ! 概要欄にもちゃんと書いてあるよね? ルールを守れない人はブロックしちゃうよ! ――ごめんなさい。うちのファンの人が迷惑を掛けてしまって……」


 自分のファンをプンプンと叱りつつ、俺に対して申し訳なさそうに頭を下げてくるミカさん。


「え? ああいや、別に俺は全然……」


 気にしてなんかいない。

 なんなら、逆にちょっと感動してるまである。


 だって経緯はどうあれ、これだけの視聴者が俺の配信に集まってくれたのだ。

 まさかこんな同接を目にする日が来るなんて、正直思ってもみなかった。


 何度も言うが、俺のファンはたった3人の古参のみ。

 今まで一万どころか、十人だって超えたことはない。


 そんな俺からすれば、5万なんて快挙も快挙。

 嬉しいとかそういう次元を通り越して、もはや何が何だかよくわからないである。


「! やばっ、なんかブルッときた……」


 いかんいかん、あまりのことに鳥肌まで立ってきてしまった。


 というか、さっきから身体もなんだかすごくフワフワする。

 まるで全身がタンポポの綿毛にでもなったみたいに軽い。


 この感覚はいったい……。


 もしやあれかな? 興奮のしすぎとか?

 まあでもいいか。それより今はこっちに集中だ。とりあえず、忘れないようにこの光景をもっと目に焼き付けておかないと。

 あ、そうだ。折角だから記念にスクショでも撮っとくか。



 ――と、そのときだった。



「グゥウウウ……!!!」


 唐突に終わる夢のような時間。

 通路の奥から現れたのは、一匹のモンスターだった。



>あ、ゴブリンだ



 ゴブリン。

 低級モンスターの代表格。


 知能や体力など、すべてのステータスにおいて小学校の低学年程度。

 一匹くらいであれば、レベル3しかない俺でもかろうじて対抗できる程度の雑魚である。


 ただし――。



>なあ、なんかあのゴブリン変じゃね?



 それはあくまで、であれば……の話。



>……たしかに変だな。なんだあのモヤモヤ?

>わからない。初めて見る

>黒い……オーラ???

>え、こわっ!

>不気味すぎる……



 現れたゴブリンの肉体から迸る、どす黒い闇のようなオーラ。


 加えて焦点の合わない瞳は赤く血走り、口元からはボコボコと泡立ったヨダレが溢れている。

 そして極めつけは、まるでドーピングでもキメたかのようにビキビキと肥大化した全身の筋肉。


 ただでさえ醜悪しゅうあくなゴブリンの外見は、今やその禍々しさをさらに何倍にも増加させていた。



 ――なんらかの“異常”が発生している。



 それはもはや誰の目にも明らか。

 しかし、何が起きているのかまでは分からない。


 ゆえに、俺を含めて全員が戸惑うしかなかった。


 だが、そんな中で――。


「あれはまさか……“凶暴化きょうぼうか”!?」


 そう緊迫した声で呟いたのは、ただ一人事態を把握していたミカさんだった。

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