第3話 伝説の幕開け
……凶暴化?
>みかち……?
>凶暴化???
>なにそれ聞いたことないんだけど……
「“凶暴化”っていうのは、突然変異でモンスターの魔力が暴走して正気を失ってしまう現象よ。もっとも、魔力の濃い上級ダンジョンでも極めて
なるほど、そういうことか。
しかし、そうなると問題は……。
>魔力が暴走ってことは、やっぱり強くなったりするの……?
そう、重要なのはそこだ。
いくら暴走していようが、普通のゴブリンと同じく弱いままなら何の問題もない。
だが、ミカさんから返ってきたのは極めて絶望的な答えだった。
「強くなる……なんてもんじゃないわ。凶暴化した場合、そのモンスターのステータスは通常時と比べて軽く千倍以上に跳ね上がる……! たとえ元がゴブリン程度でも、一気にオーガやデーモン……あるいはそれ以上のクラスに匹敵するまで化ける可能性だってあるわ……!」
「なっ……!?」
せ、千倍……!?
それにオーガやデーモン……!?
その瞬間、俺は思わず膝から崩れ落ちそうになった。
なにせオーガやデーモンと言えば、数あるモンスターの中でも戦闘力は上位クラス。
俺みたいなレベル3の雑魚からすれば、名前を聞いただけで恐怖に震えあがってしまうほどの怪物である。
案の定、コメント欄もあっという間に阿鼻叫喚(あびきょうかん)となった。
>せ、千倍……!?
>マジでアカンやつやん……
>桁が違いすぎて草www
>いや笑いごとじゃないだろ。オーガとかガチで死ぬぞ
>逃げてみかち!!!
「……いいえ、ムダよ。こうなった以上、やるしかないわ……!」
そう言うと、ミカさんは背中から大剣を引き抜いた。
敵である凶暴化ゴブリンは、すでにこちらの存在を認識してしまっている。
今から逃げるのは恐らく不可能。
となると、残された選択肢は戦う以外にない。
「はぁあああっ!!!」
両手で握った大剣を担ぎながら、飛び上がったミカさんが凶暴化ゴブリンに斬りかかる。
さすがは上級ダンジョンを主戦場にしている実力派。
動きが速い上に、小柄な体躯からは想像もつかないほど斬撃も鋭くて重い。
もし俺なんかが受け止めようとしたら、武器ごと真っ二つにされるほどの威力だろう。
しかし、凶暴化したゴブリンも負けていなかった。
――ガンッ!!!
ミカさんが放った上段からの斬り下ろしを、凶暴化ゴブリンが右手に持っていた棍棒で受け止める。
地面に足が沈むほどの衝撃を受けながらも、しっかりと耐えてみせた。
「グルルルル……!」
「ちっ! やるわね」
舌打ちをしながらミカさんが着地する。
先ほどの挨拶とは別人のように、打って変わって真剣な表情。
だが、それだけにこの状況がいかにヤバいか伝わってきた。
直後、今度はゴブリンの反撃。
「ガァアアッ!!」
「くっ……!」
>がんばってみかち!!!
>いけぇえええええ!!!!!
>足元瓦礫あるよ!気をつけて!
ガンッ! ダンッ! バキィッ!!
互いの武器が接触し、そして弾ける音。
強者同士の激しい攻防に、コメント欄も必死になってミカさんを応援する。
だがその一方で、もう一人の当事者である俺はなにをしていたかと言うと――。
「…………」
ただただ棒立ち。
言うなれば、まるでアクション映画でも見ているような気分だろうか。
あまりにも現実離れした戦いにすっかり立ちすくんでしまった俺は、もはや成り行きを見守ることしかできなかった。
しかし、そんな俺の様子に気づいた視聴者の一人が言った。
>おい!お前も突っ立ってないで手伝えよ!
「え」
>そうだそうだ!
>ったく、これだから底辺はさぁ……
「いやでも、手伝うって言ってもなにを……」
>いいからなんかしろや!
>その腰に差した剣は飾りかよ?
>とりあえず突っ込め!
>死ぬ気でみかちの盾になれ!!!!!
こ、コイツら……他人事だと思ってムチャ言いやがって……!
こんな化け物同士の戦いに俺なんかが突っ込んでどうなるって言うんだよ……!
盾になるどころか1秒だって持たないぞ! 死ぬ気どころかガチで死んじまうって……!
とはいえ、実際問題このままじゃヤバいのも事実だった。
ここまでの攻防を見る限り、今のところミカさんの方がやや劣勢の気配。
あまり考えたくはないが、もしこのままミカさんが敗れた場合、当然ながら凶暴化ゴブリンは次の獲物として俺を狙うだろう。
そして、そうなったが最後――。
「……っ!!」
くそっ、考えろ……考えるんだ……!
今の俺にできること……なんでもいい!!
脳裏を過ぎった最悪の想像。
俺はそれを振り払うように全力で思考を働かせた。
「! ……待てよ?」
そうだ! これならいけるかもしれない!
突如として舞い降りた閃き。
俺は思いついたままに腰のポーチへ手を突っ込むと、そこから“あるもの”を取り出した。
そのあるものとは――。
>ライター?
そう、ライターだ。
遭難した際の焚火などに使う用として持ってきていたもの。
>おいおいどういうつもりだ……?
>火で攻撃……?
>いやいや、そんな小さい火であんなバケモノを倒せるわけねーだろ!
倒す? いや、そうじゃない。
そんなこと逆立ちしたってできっこない。
そうではなく、俺がやろうとしているのはあくまで威嚇――いわば援護射撃。
俺が持つ唯一のスキル、【火炎】。
こいつを使って凶暴化ゴブリンに目くらましを仕掛け、その隙を突いてミカさんにトドメを指してもらう。
これが俺の閃いた作戦だ。
もっとも、本来であればレベル3の放つ【火炎】なんてクソの役にも立たない。
だが実のところ、レベルが低くても威力を増大する方法が一つだけあるのだ。
それこそがライターを利用すること――つまり、自然の触媒(しょくばい)を利用すること。
たとえ元が弱々しい俺のスキルであっても、種火があれば小さな火球程度にはなるはず。
それでももちろんダメージを与えるには及ばないが、うまく狙えば若干は凶暴化ゴブリンを怯ませられるだろう。
というわけで、俺は右手でライターに点火すると、残った左手を火にかざしながら凶暴化ゴブリンの頭に狙いを定めた。
そしてちょうどよく――。
「ガァアアッ!!!」
「くっ……!」
大剣を弾かれたミカさんが後方へ飛び退いたことで、ゴブリンとの距離が開く。
――チャンスだ!!
ミカさんに作戦を伝えている余裕はない。
かといって次のチャンスが来る保証もない。
そう考えた俺は、すぐさま叫んだ。
いくぞ、くらえ――。
「……【火炎】!」
頼む、うまく当たってくれ……!
そんな願いとともに手のひらが光り、スキルが発動する。
すると――。
ドゴォオオオオオオンン……!!!!!!
飛び出したのは、まるで大砲のような炎の塊だった。
「グギャァァアアアアア…………!!!!」
響き渡るゴブリンの絶叫。
炎は一直線にダンジョンの中を突き抜けると、そのままゴブリンの顔面どころか全身を丸ごと飲み込んで焼き払った。
結果、跡に残ったのはせいぜい焼け焦げた臭いとサウナのような熱気のみ。
一瞬の出来事だった。
「なっ……!?」
>ええええええええ!!!!
>ええええええええ!!!!
>ええええええええ!!!!
呆然とするミカさんと荒ぶるコメント欄。
突如として現れ全てを焼き尽くしていった爆炎に、全員が漏れなく驚愕する。
――だがしかし。
この予想外の結末に対し、いったい誰が最も驚いていたかと言えば――。
「………………………………はい?」
こうして、俺こと――小森守の配信者としての伝説が幕を開けた。
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