第6話 異能・ペナルティ
しゃらりとセラフィーナの左手が鳴るとともに周囲に冷気が満ち、そして爆ぜた。
「なっ!?」
ベネディクトは気が付いた時には、半身が凍り付いていた。彼だけではない。この場にいた全てのグールと溶岩の巨人もまた同様に凍り付いている。
「なっ、んで! 異能は一人一つだろう!!!」
吸血鬼の異能は一人につき一つだ。有史以来、吸血鬼がこの世に発生してからずっとそれは変わらぬ事実とされている。
しかし、その事実は今セラフィーナの手によって破られた。
「そうだよ。キミは正しい」
「なら、何故だ!」
「ボクの異能のおかげだよ」
セラフィーナの異能はスナッチ&ストック――単純明快に異能を奪い、それを一定数ストックするというだけの異能である。
吸血鬼の基本能の一つに血を吸いつくして殺した相手の能力を得るというものがある。
血とは魂であり生命の根源である。血を吸うことはその根源を取り込むということ。相手の全てを取り込むことに等しい。
人間の血を吸った吸血鬼は強くなる。吸った相手の身体能力や技能などを得ることができるからだ。
セラフィーナのスナッチ&ストックは、その基本能を強化しただけの代物である。
異能を持たない人間の血しか吸わない吸血鬼として見れば劣等甚だしい異能であった。
しかし、彼女は人間の血を吸えず、同族の血を飲むほかなかった。
本来ならば生理的に受け付けない同族の血を吸うしかない同族喰いであったがゆえにこの異能は花開いた。
血を吸いつくせば吸いつくすほどにセラフィーナは吸った吸血鬼が持っていた異能を得ることができる。
念動力もこの冷気もそうやって得た異能。ストック数に限りはあるが、吸血鬼一人に対して一異能の原則を破ることができる。
「さて、動きは封じたし後はゆっくり……あれ?」
その時、動きを封じたベネディクトのところへ行こうとしたセラフィーナが膝をついた。
見れば左脚が灰になって消え失せていた。どさりと倒れる。
攻撃はされていない。ペナルティーだと気が付いた時にはもう遅い。
「読み違えたな……空腹が思った以上に力を奪っていたのかな……はぁ、もう自分の体質が嫌になるよ……」
人間はそこら中にいるというのに吸血鬼はそこらにいない。人間が五十億いれば、吸血鬼はせいぜい五億程度で世界中に分布している。
しかも大概が己の城と呼ばれる領地を作り引きこもっているから、欲しい時にぱっと手に入ることがない。
おかげでいつもセラフィーナは空腹だ。栄養にならない人間の食べ物でお茶を濁す日々。
すっかり人間の食通だ。栄養にならないが食べておいしいから好きになった。
動物の血は摂取できるものもあるが、類人猿系はアウト。犬猫の血は飲んでいるだけで惨めになる。
どうして自分だと思わざるを得ない。身体を起こそうとするが全身に力が入らない。肢が燃え尽きただけでなく、どうやら身体能力低下のペナルティーも入っているようだ。
なんにせよ、制御を失った冷気の拘束が解ける。ベネディクトが自由になる。
形勢逆転というやつだった。
「はは。少し焦ったが何のことはない。招かれざる客はそうやって地面に倒れているのがお似合いというわけだ」
「もう少しもつと思ったんだけどね」
こんなことになるのなら、悠花なんて見捨てて再びベネディクトが空腹近くになるまで待てば良かったと後悔する。
遅い後悔だが、セラフィーナ自身も空腹なのだ。我慢できずに動いてしまったところは反省しなければならないだろう。
もちろん、次があればである。
セラフィーナはなんとか気合を入れて全身に力を巡らせようとするが、どうにもペナルティーのせいで身体が上手く動かない。彼女の今の有り様では生き残るのは難しいだろう。
立ち上がって足の再生、それから再び冷気で拘束と理想を思い浮かべても、それよりベネディクトが動く方が速い。
溶岩巨人の拳がセラフィーナをボールのように打ち据えた。
「がっ――」
文字通り人型のボールとして壁へとぶつけられ、反動で宙に浮いた瞬間に再び拳が突き刺さる。
四肢を四散させながら、セラフィーナの身体はぐるぐると回転し床を跳ね、今度は溶岩巨人の蹴りを浴びせられる。
壁に叩きつけられてベネディクトの足元に転がる。
「はははは! どうだ! 貴様が馬鹿にした力にやられる気分は」
ぐりぐりと頬を踏みつけにされる。
セラフィーナは自分を見下ろすベネディクトをただ見ていた。
「…………」
「なんだ、その目は」
「…………」
「まだ自分の状況がわからないようだな! 良いだろう、次で決めてやる!」
ベネディクトの蹴りが腹に突き刺さり、セラフィーナの身体は再び壁にぶつけられて床を転がる。
ちょうど悠花の目の前に転がって止まる。
ボロ雑巾のようになったセラフィーナを見て、悠花はひっと悲鳴を上げた。
皮膚は火山岩の拳によってほとんど抉られて赤黒い肉が見えている。人間の中身も吸血鬼の中身も変わらないのだなと悠花は気が遠くなるような中で思った。
驚異的なのはそれでもまだセラフィーナが生きているということだった。かろうじて再生力が働いているのか、彼女の心臓はまだ動いていた。
「はは……いやぁ、ごめんね」
このままではセラフィーナは殺されてしまう。そうなれば次は自分だ。
彼女が殺されてしまえば、ベネディクトが悠花の血を吸う障害はなにもない。
悠花は死ぬ。なにも成せずにただ餌になって死ぬ。
「駄目……」
悠花は死ぬのは構わないと思っている。両親が死んだとき、吸血鬼に復讐を考えた時から自分は復讐して死ぬのだと覚悟していた。
しかし、なにもできずに死ぬのだけは許容できない。せめて一矢、ナイフで刺すだとかそういうことをしなければ死ぬに死ねない。
「……考えろ……考えろ……」
どうすればこの状況を打開できるのか。
逃げる? 溶岩の壁を通り抜けることなんてできるわけがない。
戦う? 武器もない。異能を盛った吸血鬼だって今、目の前でボロ雑巾にされている。人間なんてもっと簡単に殺されるし、血を吸われてしまったらそれこそどうにもならなくなる。
彼女を助ける? 同族喰いで複数の異能を持つというのがどういうことなのかはわからないが、一度はベネディクトを圧倒しかけていた。
万全ならば勝てるのではないか。
では、どうすればいい――。
「…………」
悠花は、たった一つだけ思いついた。
弱い自分でもできる最上の逆襲法を――。
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