第5話 本気
「……わかった。飲んでみて。そうしたら信じるから」
「一滴で良いからねー」
セラフィーナは悠花の目の前でエサをもらうひな鳥のように口を開けて待っている。絶好のチャンスだ。
悠花はナイフを手首に当てるこのまま手首を切って、大量出血に繋げることができれば、セラフィーナを殺せるかもしれない。
意を決する為に何度も深呼吸をする。それから勢いよくナイフを持った手を振り上げたところで――。
「おっと、なりふり構わず来るのか。うん、若いなぁ。じゃあ、キミ、またちょっとごめんよっと」
「なっ!」
――悠花はセラフィーナに抱えられた。離せと暴れようとしたところで異変に気が付く。
部屋の壁が軋んでいる。まるでこの建物自体に莫大な力をかけられているかのようにみちみちぎちぎちと音を鳴らしている。
決定的な終わりはすぐに訪れた。ばぎんとひと際大きな音がしたと同時に、部屋が一気に潰れる。
「な、なに!?」
セラフィーナは冷静に棺を背負うと隙間を飛び出した。
背後を見やれば赫々と燃える溶岩の巨人が先ほどまでセラフィーナたちがいたスペースを持ち上げて押しつぶしているところだった。
また、そこから出てくることを読んでいたのだろう。崩れた肉体のグールが跳躍し襲い掛かる。
「よっと」
三方からの襲撃を左脚と棺、左手で受け止めると共に腰を使ってその場で回転し、吹き飛ばす。
地面には不気味な動きをするグールの大群で埋め尽くされていた。その最中へと飛び込み、着地の勢いを回転で殺すと同時、衝撃をまき散らしグールを周囲から吹き飛ばして壁へと跳躍。
窓から出ようとしたが、窓の外には溶岩が張り付き、出て来たものを飲み込もうと待ち構えていた。
外へ逃げるのを諦め、グールの頭上を飛び跳ねながらベネディクトの居城を降下する。
「今までの食べカスとってるとか、気持ち悪いな」
彼ら、いや彼女らの姿は今や悍ましい怪物であったが、かつては美しかったのだろう。腐りかけてもなお見られる虚ろな顔が酷く憐れさを誘った。
セラフィーナはグールを嫌悪を含んだ瞳で睨めつける。彼女はグールが嫌いだった。血は飲めないし、いるだけで臭いもするし、難しいことができない役立たず。
「こんなの作るくらいなら眷属を作った方が良いのに」
グールとは吸血鬼が血を吸いつくして殺した人間に対し、適切な処理をせずにいると成る出来損ないのゾンビのようなものだ。
血を吸った者に服従し意のままに動くだけの魂のない生きた骸である。古い吸血鬼なら食べカスと呼ぶ。
昔ながらの吸血鬼であればこんな食べカスを残しておくというのは優雅ではない品のない行為であるとして嫌悪される対象である。
もっとも簡単に軍団を作れるという点で利用している吸血鬼がいるのは、今、見ての通りだった。
「クソ吸血鬼め……! わたしたちをどこまでも馬鹿にして!」
「品性の欠片もない。グールの軍団とか。なりふり構わずにもほどがあるでしょう。アナタ本当に支配者級なんですか?」
「うるせぇよ、侵入者風情が」
辿り着いたのは最初の謁見の間。おそらくはこの城の中で最も広いスペース。
背後からベネディクトの声。声の方を振り返ってみると彼は溶岩の巨人の上に立って大上段から二人を見下ろしていた。
その周囲をグールが固めている。
「それはオレの獲物だ。返してもらうぞ」
溶岩の巨人が冷え固めた溶岩の拳を上げて振り下ろしてくる。同時にグールたちがセラフィーナを捕まえんと群がってくる。
セラフィーナを確実に殺しに来ている。彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「本当に品がない」
「うわあああ!」
悠花はただそれらを前に悲鳴を上げるしかない。
吸血鬼を殺してやると覚悟を決めていたはずだった。相手が強いことは理解していたはずだった。
それですらすべて浅いのだと思い知らされる。
巨大な溶岩の巨人にグールの群れ。こんなもの人間がどうやって戦えというのだろう。
そんな彼女にセラフィーナは心配いらないと笑みを向ける。犬歯をむき出しにした笑みは獰猛な獣の威嚇のようで悠花に恐怖以外を浮かばせないためさほど意味がなかったが。
「そう悲観しないで良いよ。これくらいならどうにかできるからね」
セラフィーナは再びペナルティーで燃え上がっている右手を掲げる。ぐっと力を籠めると、降ってくる拳がめきめきと小さく潰れていく。
そのまま握りこめば冷えた溶岩の拳は砕け散る。同時に右へ勢いよく振るえば、見えない力が発揮されたようにグールたちが吹き飛んでいく。
「念動力か!」
「正解。便利だよ」
吸血鬼には麻痺の牙、魅了の瞳、変身、再生、高い身体能力といった基本能の他に一つ固有の異能を持つ。
セラフィーナが使っていたのは念動力で、念じるだけで自在にものを動かすことができるという異能だ。
対してベネディクトの異能は溶岩の操作と言ったところだろう。
「ペナルティー食らいながら、そんなちゃちな異能でこのオレの異能が破れるかよ!」
砕けた巨人の拳は周囲の溶岩によって補填されて、すぐに元の姿に戻る。
「だろうね。でも、キミのも似たようなものじゃないか。溶岩を操るだなんて、笑っちゃうよ」
「殺す!」
はは、と小馬鹿にしたように笑うセラフィーナにベネディクトはさらに怒りを募らせる。ただでさえ逆立っていた髪がさらに逆立ち、炎のようであった。
ただの挑発であるがよく響く。熱せられた鉄のような男であると思う。セラフィーナにとっては好都合だ。
これで溶岩操作の精度でも乱れてくれれば御の字。そうでなくとも冷静さを幾分か削るだけでも楽になる。
笑っちゃうとは言ったが溶岩操作は、溶岩があれば吸血鬼の弱点を全て突ける。溶岩巨人のような大質量による圧殺、溶岩の熱による焼殺と、吸血鬼を殺すことに関して言えば笑っちゃうくらいには強い。
溶岩がなければ意味がないという弱点はありそうというのがセラフィーナの見立てであるが、ここ籠島には溶岩が大量にあることは道中で見て来た。
「中々の獲物だ」
だが、セラフィーナはそれでこそとでも言わんばかりにんまりと笑うのだ。
「久しぶりの食事。これは当たりだよ。ああ、今すぐかぶりつきたいよ」
彼が腕を振るえば巨人は、冷え固まった溶岩の五指が彼女を追い込んこまんと指を広げる。
セラフィーナは悠花を抱え上げると跳躍した。溶岩の巨人から離れるように飛び退き、棺を床に置いてその上に悠花を降ろす。
「さて、それじゃあ食事に行ってくるよ。キミはここにいると良い。この棺の上から動いたらダメだよ。グールの餌だからね」
「なんで……」
「言ったでしょ。ボクは同族喰い。いまから、アイツをいただくんだよ。そのためにキミが食べられたら困るんだよ、アイツが強くなってボクが負けちゃうかもしれないからね」
ニカッと笑ってセラフィーナは悠花から背を向けた。
「逃げないで戻ってきたか」
「当然。食事をしないといけないからね」
「オレの食事を横取りしておいてさせるわけないだろうが!」
グールと溶岩の巨人がセラフィーナの前に立ちふさがる。
「ペナルティー食らいながら、念動力ってちゃちな異能で全部相手できるものならやってみろ!」
「確かに溶岩は冷えてないと念動力で掴むのは面倒だし、そっちにかまけてるとグールが迫ってくるしで面倒だね。ペナルティーも痛いし、あまり時間はかけられないからこうしようか」
しゃらりとセラフィーナの左手が鳴る。
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