第4話 人血アレルギーの吸血鬼

「んん……あれ? ここ、どこ……? っ! 吸血鬼!!」


 慌てて飛び起きた悠花はすぐに周囲を確認し、セラフィーナの存在を目にすると手にしていたはずのナイフを探した。

 ナイフはどこにもなかった。飛んでいるときに落としたのかもしれない。吸血鬼と二人っきり絶体絶命だ。


「おっ、良かった。起きた」


 そう思ったのだが、セラフィーナは目覚めた悠花を見て嬉しそうに笑うばかりで襲いかからなかった。

 それどころか悠花の心配すらしているようで彼女にとっては不気味でしかなかった。


「大丈夫? どこか痛いとことかない? 人間って脆いから優しく運んだつもりだけど、どこか痛かったら言ってね、出来るだけ治すからさ」

「…………」

「まあボクは吸血鬼だもんね。警戒するよね。でも助けたんだから、少しくらいは愛想よくしてくれてもいいと思うんだけど」

「……助けた? あいつを殺す邪魔をしておいて! 吸血鬼が人間なんて助けるわけない!」

「いやいや、助けたよ。あのまま刺してたら死んでたよ。このナイフ、術式が込められたわけでも、ハンターの血液毒を使ってるわけでもないただのナイフでしょ?」


 セラフィーナは、悠花が持っていたナイフを拾ってきていた。少なくとも見た限りでは普通のナイフだった。

 そんなもので吸血鬼の心臓を刺したところで殺せない。

 セラフィーナはまるで学校の先生のように指を立てて講義するような口調で指折り吸血鬼の弱点について話して聞かせた。


「吸血鬼の物理的弱点は三つだよ」


 魂の根源である血液を生み出す骨髄。

 その血液を全身に巡らせる心臓。

 それから思考の要である頭。


「この三つね。だいたい人間の急所とそうは変わらないよ。ただし、吸血鬼は基本能で再生能力があるから普通にやっても倒せはしない」


 特殊な武器や血液に作用するタイプの毒を使わない限り、それらの弱点三つを同時に損壊でもされない限り基本能の再生能力で復活される。


「だから、ただのナイフで殺すのなら一瞬のうちに心臓を刺し、首を落として、背骨、胸骨、骨盤辺りの骨を砕かないといけない。万全を期すなら全身の同時圧壊が必要だよ」

「…………」

「もしあのままキミがアイツを刺したら殺されていた。ほら、助けてる」

「…………」

「うーん、これも否定するなら、もしかしてキミは吸血鬼に殺されることが好きな吸血鬼信奉者なのかな?」

「っ! そんな悍ましいものと一緒にしないでください不愉快です! そもそもなんでわたしなんて助けるんですか、吸血鬼が」

「アイツに血を吸わせないためだよ。満腹になった吸血鬼と戦闘とか考えたくないからね。人間だって満腹だとなんか全能感とか感じるでしょ? 吸血鬼はそれが本当に無敵とか全能になるんだよ、ボクでも空腹状態で倒すのは難しいね」


 ベネディクトに血を吸われてしまえば、セラフィーナは自分の食事ができなくなってしまうか、大幅に我慢を強いられることになっていただろう。

 だからこそあの場では無理をしてでも市庁舎に踏み込まなければならなかった。


「おかげでペナルティ喰らっちゃったし、キミがいたからあの場は退散しかなかったんだよね」

「ペナルティー?」

「そう。種族的な特性なんだよ」


 吸血鬼というものは格という意味において人間とは違うところに位置している。専門的に言えば霊的濃度が違う、魂の位階が違う。

 そのためか種族的に制約があったりする。招かれないと他者の領域に入れないというのはそのうちの大きなものの一つだ。

 破れば罰が下る。一時的な能力低下や四肢の欠損などといったペナルティだ。


「ほら、これ。これがペナルティー」


 ふりふりと右手を見せる。右手は人間では致命的なほどに焼け焦げていた。

 少しずつ治って来ているがほんの少しでも間違った動かし方をすればそのまま崩れてしまいそうですらあった。

 もしも今いるスペースを見つけられずにいたりしたならば、継続的なペナルティーを喰らって今頃、死んでいたかもしれない。


「日本の吸血鬼はすごいよね。あの猫で招き効果を付与してるんだから」


 だからこそ、日本にいる吸血鬼はそのような事態を避けるために招き猫を用いている。セラフィーナはこの都市に来た時に初めて見たが感心したものだ。

 招き猫は招きの概念の形そのもの。日本固有の術式体系の一種であり、物に魂や意が宿るという効果によって招き猫があれば吸血鬼は招かれたことになる。

 おかげで招き猫を置いておくだけでいちいち信奉者や協力者を使って招かせなくてよく、どの家にもフリーパスになるのだ。


「…………」


 そんな話を聞きながら悠花の頭は冷静に回転していた。

 吸血鬼と二人で狭い場所にいるという状況は断じて看過などできないが、自らを含めた吸血鬼の弱点をぺらぺらと話してくれているのは都合がいい。

 そして、自分に都合が良すぎるために悠花はセラフィーナを疑う。


「……あなたの目的は? どうしてそんなことを話すの?」

「ボクの目的? もちろん食事だよ。会話をしているのは回復まで暇だからだね」

「っ! 暇? 食事が目の前にあるのに悠長なんですね! わたしを馬鹿にするな吸血鬼! 血を吸いたいなら吸えよ!」


 セラフィーナは悠花が言ったことが一瞬理解できず、きょとんとして数度瞬きした後、すぐに得心がいったと頷く。


「ああいや、ボクはキミの血を飲む気はないよ」

「吸血鬼が人間の血を飲まないわけないでしょう!」

「あるんだよ、ここに。だってボク、人血アレルギーだから」

「は?」

「人の血を飲むと発作が出て死にかけるんだよ、ボク」

「そ、そんな吸血鬼、いるわけ」

「うん、ボクもそう思う。けどいるんだから仕方ない。だから、ボクは同族喰いなんだ」


 セラフィーナは人の血を飲むとアレルギーで死にかけるのだ。

 飢えて死ぬしかないという時に吸血鬼の血を飲んだ。それは飲めた。

 だから、同族を喰らって生きながらえて来た。

 その挙句に付けられた二つ名は同族喰い。不名誉極まりない悪名であり、忌み名だ。


「悪いとは思わないよ。生きるためなんだから仕方ない」


 同族喰いなんていうものはいつの時代だって忌避されるものだ。


「ボクは同族から追われてるし、人間からも吸血鬼だからって追われる。みんなの嫌われ者ってわけだよ」


 悠花にはそう言って笑う彼女がどこか寂し気に見えた気がした。

 しかし、次の瞬間にはそんな雰囲気は霧散していて、結局、ただの気のせいだと思った。人間を喰らう怪物が寂しいなどと思うわけないのだとそう決めつけた。


「それがどうしたんですか。同情でもしろってことですか。はっ、するないでしょう」

「いいや? ボクはキミの血は飲まないから安心して良いよってことだよ」

「そんなの信じられるわけ……」

「じゃあ、実際に人間の血を飲ませてよ。死にたくないから一滴くらいでいい。このナイフでちょんとしてボクの口の上にもってきて垂らしたらいい。そうしたらボクの言ってることが真実だとわかるよ」


 そう言ってセラフィーナはナイフを悠花へと返した。


「…………」


 悠花は言いなりになるのは癪であるが、確かめるにはそれしかない。

 ふと、彼女の口の上で手首でも切って大量の血を飲ませてればアレルギーの発作で殺せるのではないか。

 そんな考えが悠花の脳内をよぎった。


 吸血鬼を殺せる。

 それはあまりにも甘美な誘いだった。

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