4.ヴィスぺリア王立魔法学校
第4話
季節は秋になり、遂に入学当日。僕は学校の敷地内にある寮から校舎へと向かっていた。
何日か前に、教会の孤児院から大鞄ひとつぶんの荷物を持って来て、寮に移り住んだ。
もちろん寮は女子寮。基本二人部屋と聞いてドキドキしたけど、シエラは特待生という事で、ひとり部屋になった。
まだ女子歴数十日。とてもじゃないが、女の子と同じ部屋で生活なんて出来そうもない。
それに、見た目と中身の性別がちぐはぐな僕は、極力人とは関わらずに過ごそうと考えていたから、これには本当にほっとした。
この王立魔法学校は、何年制というものではない。
ちょっとした魔法が使えるようになりたいだけなら一年。王宮魔法使いや騎士になりたいなら二、三年。魔法を極めたい、研究したいというなら希望と実績に応じて長く学ぶことが出来る。
但し、学費は在学年数が長くなるほど上がるらしい。それも桁違いに。
まあシエラのような優秀な者なら特待生枠で学費は免除されるそうだから関係ないけど、その上がっていく金額を聞いた時は腰が抜けるかと思った。
早くシエラを救いだしたい僕は、必要なことさえ学べばすぐに大樹へと向かうつもりだ。
だから、誰かと親しくする予定もない。
他人や余計な勉強に費やすよりも、可能な限り有効に時間を使いたかった。
その為、ひとり部屋ということも、入学に伴うイベントがないことも非常に有り難かった。
目標は一年以内。ひとり黙々と学べるだけ学んで、目処がたてばすぐにシエラを助け出すと決めていた。
──実は、孤児院でウィルとクラップに憐れみの視線を向けられたのも、ぼっちを決めるきっかけだったりする。
シエラを真似た女性らしい言葉遣いをした僕を、気持ち悪いと言ったり。お風呂やトイレの前でもじもじそわそわしているところを見て、鳥肌を立てられたり。抱き上げたメアリーになぜか大泣きされて自分の方が泣きそうになっていたら、可哀想なものを見る目で見られたり。
あまつさえ、
「······シエラ姉ちゃん、おかしくなっちゃったー」
「きっとアンヘル兄ちゃんと離れて、さびしいんだよ」
「きっと時間が解決してくれるよねー」
「早くよくなるといいね······」
なんてこっそり話していたと、笑いを堪えるマリア先生が教えてくれた時には、結構頑張っていた僕の努力は無駄だったんだと涙が溢れたのはここだけの話だ。
そんな訳で、僕は努力はするけど無理はしないことにした。
言葉遣いももう意識しない。だって僕らしく話した途端、弟たちは、
「アンヘル兄ちゃんのマネ?にてる!」
「それいいと思うー。アンヘル兄ちゃんいるみたいでさびしくないー」
と好評だったから。もうこのままでいこうと開き直ったのだった。
さて。
そういった事もあって、ひとりで寮から続く並木道を歩いて行くと、周りにも生徒らしき人がちらほら目についた。
友人同士連れ立つものもいればパンを噛りつつ行くものもいる。各々リラックスした様子に、僕も少し気楽になった。
もっとピリピリしたところかと思ってたけど、案外居心地は良さそうだ。景色をなんとなしに眺めながら、僕も気分よく校舎へと向かった。
校舎は真新しい白い建物だった。
建築様式は新しいものだが、洗練されたシンプルな意匠が要所に施されていて美しい。
行ったことはないけど、博物館とか美術館はこんな感じの造りなのかもしれないとぼんやり思った。
僕は校舎の前まで来ると、入る前に手早くマントを整えてから、足を踏み入れた。
この学校には制服は特にないけれど、マント若しくはローブの着用は義務付けられている。
それはマントなどに防御や守護のまじないを施したりして身に付けるのが、魔法使いの習慣だからだそうだ。
マリア先生は入学祝いに新しく買おうかと言ってくれたけど、それは丁重に辞退した。
僕は、マリア先生の刺繍入りマントを愛用することに決めていたから。
これは僕が大樹の元へ行くときに、マリア先生がくれたもの。
白地に金の刺繍が、シエラの麦藁色の髪によく似合った。紺色のインナーとショートパンツ、それにブーツと合わせれてコーディネートすれば、動きやすくも可愛らしい少し大人なシエラが出来上がっていた。
素材が良いだけあってそのできには大満足だ。
このマントはシエラとお揃いだから、絶対はずせなかったしね。
僕はほくほくとしながら教室を目指して校舎内を進んでいった。
マリア先生によれば、今年の新入生は優秀らしい。
年々魔法使いが減り精霊と契約できる者も減る中で、見込みのある者が多いそうだ。身分や立場が高位な者も多いらしく、黄金世代だと言っていた。
そして当然、シエラもその中に入っている。
なんせ聖女候補だし、まあそうなるよね。
そして、生徒が優秀なら担当する教師陣も素晴らしい人たちが集められたそうで。王宮魔法使いの筆頭とか、教会のお偉いさんとか、精霊の祝福を受けている魔法使いとか。マリア先生が知り得た人だけでも、錚々たる面々だった。
これは、知識と力を得る大きなチャンスとなるのは間違いない。
僕は改めて気合いを入れた。
教室に入るとそこには既に三十人くらいいた。どうやらのんびり来た僕が最後らしい。唯一空いていた席に腰掛けた。
新入生は全部で百人くらいいるそうで、三つの組に分けられている。僕は特待生や優秀な者、それから特に身分の高い者が集められた天空クラスに割り振られた。
おどおどする者。さっそく居眠りする者。女の子を侍らせている者。魔法学校なのに剣の手入れをする者など、いろんな人がいた。
特に自己紹介もしない。
目が合えば挨拶はするけど、会話も天気の話くらいで済ませた。
馴れ合うつもりはない。僕のここでの要件は、ひとつだけだから。
──必ずシエラへの道を切り開く。
さっそく始まる授業に心を踊らせた。
**********
初日ということもあり、今日の授業は二つだけだった。
記念すべき初めの授業は、魔法史。まず初めに、この国の魔法の歴史を学ぶらしい。
僕はあまり為にはならなそうだと思いつつも、わずかな情報でもあればと耳を澄ませた。
「──今からおよそ千七百年前、世界に障気が満ち始めました。障気は海を濁し、空を翳し、大地を汚しました」
魔法史の先生は女性だった。妙に高い声が、ちょっと聞き取りにくい。
「急速に動植物は数を減らし、人々もまた病んでいきました。繁栄を極めていた国々は次第に荒廃し、各国の長達は手を尽くしました。しかし、残念ながら彼らにはなす統べもなく、このままでは破滅してしまうと、そう考え始めました。──その時、七人の魔法使いが立ち上がったのです」
淡々としているようで妙に気持ちが籠った喋り方は、かなり癖がある。芝居がかっていて、まだ始まったばかりだというのに少し疲れてきた。
「初めの魔法使いは、風魔法を使いました。どこよりも汚染されていたとある湖の障気を、風魔法で吹き飛ばしました」
先生の語るこれは、絵本にもなっている話だ。子供の頃から何度も聞いた事がある。
「二人目の魔法使いは、光魔法を使いました。ヘドロのように濁りきり毒と腐臭を撒き散らす湖を、治癒魔法を用いて癒しました」
この国の歴史として、誰もが聞いて育つ。そんな物語。
世界の危機に立ち上がった、偉大なる魔法使いたちの話だ。
「三人目の魔法使いは、結界魔法を使いました。最も障気の酷かった湖に、再び障気が涌くことのないように守りを固めました」
こんな誰でも知ってる話をするのが、学校の授業なのか?なんだか拍子抜けした。
他の生徒も粗方ぼんやりしているし、やっぱり耳にタコなんだろうな。
「四人目の魔法使いは、木魔法を使いました。結界によって清浄となったその湖に、魔法で産み出したひとつの種子を撒きました」
──知ってる知ってる。
いちいち感情をのせた語り方と、ゆっくりとしたテンポのせいで、僕も眠たくなってきた。
「五人目の魔法使いは、豊穣魔法を使いました。湖の底にたくさんの豊かな土壌を作り、種子を育みました」
ああ、ほら。何人か頭がゆらゆらしてるぞ。眠いよな。
もっと為になる話かと思ってたのに。
「六人目の魔法使いは、魂魔法を使いました。豊穣魔法によって大樹へと成長した種子に、自らの魂を与えました。不浄を清める強い想いと役目を、与えたのです」
お、遂に突っ伏したやつがいるな。ああ、授業の前から寝てたやつか。見事な白い髪が机の上に載っていた。
「立派に育った大樹は障気をどんどん吸収して浄化していきました。空は青さを取り戻し、海は澄み渡り、緑の大地は息を吹き返しました。大樹の活躍のお陰で、やがて世界はかつての美しい姿に甦り、生き物たちが戻ってきました」
僕も寝ようかな。
実は、昨夜は緊張してあんまり眠れなかったし。寝不足なんだよね。
「──しかし、役目に忠実だった大樹によって、そのバランスが崩れ始めていました。取り除くべき障気を吸い付くした大樹は、今度は他の不浄を吸収し始めたのです」
んー、でも知らない事があるかもしれないし、やっぱりちゃんと聞くべきか。
「世界が汚れすぎてしまえば、私たちは生きてはいけません。しかし、あまりに綺麗すぎても、それは毒となってしまうのです。水は、あまりにも純度が高いと生き物は住めません。生き物の死骸が土に還ることで、大地も豊かになっていきます。大樹はそこまで理解できずに、ただ全てを浄化するべく役目を果たし始めたのです」
はあ。この話。
ここから嫌いなんだよな。
「そこで、最後の魔法使いは夢魔法を使いました。それは美しい、汚れなどなにもない綺麗な夢を見せて、大樹と一緒に眠ったのです。」
············。
「──その湖は聖域となりました。今でもそこでは、夢魔法使いが何代にも渡って浄化の大樹を守っています。大樹に寄り添い共に夢を見る。大樹が目覚めてしまえば、また浄化が始まってしまうから。ずっと千七百年もの間、眠り続けているのです。その愛に満ちた献身的な役割から、彼らは"天使"とも呼ばれています」
──ふざけるな。
何が、天使だ。
真実はそんな綺麗なものじゃない。
あれはただの人身御供だ。
魔法を使って大樹に夢を見せ、共に死ぬまで眠り続けるんだ。
生きて魔法を使い続けるために精霊の腕輪をはめたまま、天寿を全うするまで大樹の琥珀の中で魔法を使う。そして死んだあとは身体は砂になってしまうらしい。
残るのは、骨だけ。
あの時見たのが、おそらく天使の成れの果てだ。
砂になった身体は、湖底の土となる。
千七百年ぶんの、天使の亡骸。あの白い砂の一部は先任の成れの果てなんだと今ならわかる。
前回の生け贄は、約三十年前に聖域で眠った。
そして去年末寿命が尽き、魔法が解けた。
目覚めた大樹は琥珀から鮮やかな緑へと姿を戻し、再び浄化を始めた。
時期的にそろそろかと危ぶまれていたのもあって、そのニュースはすぐに全世界に知れ渡った。
だけど、翌年成人になる僕がいたから、これ幸いと言わんばかりに、国王から勅命が来た。
"聖域に渡り、夢魔法を行使せよ"と。
僕に拒否権はなかった。
いずれは行かなくては行けないと思っていたけど、こんなに早いとは思っていなかった。まだ、しばらくはシエラといられると、甘い考えの中にいたことが悔やまれる。
覚悟も決意も固まる前に、僕は旅立たなければ行けなくなった。
あのときの気持ちは、一生忘れない。
"さあ、──死んできて"
そう言われたような、あの気持ちは。
それを美談のように、素晴らしい歴史として語る教師に苛立つ。
所詮は他人事なんだ。当事者になっても同じように言えるなら、それはどんな聖人君子だろうと僕は思った。
「どうしてその湖に障気がたくさん満ちていたのですか?」
生徒の一人が質問した。
「それはわからないのです。どうしてそこだったのか、その湖に何があったのか。未だに誰も解明できてはいないのです」
そんな教師の言葉を最後に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
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