第16話 凍結事象(コールドケース)
個人の尊厳とか平等とか基本的人権とか。そんなものは全部無視。
従わなければ従わせる。これこそまさしく、傍若無人というものだ。
「具体的にはどうすればいいんです」
「女神様。ヨーコにも選択肢を……」
それとなくシオンライナが申し出てくれるが、女神の嘲笑に一蹴された。
この女神様嫌いだ。洋子はラフェネの頬をはたきたくなっていた。
「お前は黙ってろ。これは彼女と私の取引だ」
「あの時私の背中を押したのは」
「覚えがないな」
「やり方が卑怯ですね。私が欲しいなら欲しいと言えばいい」
「だからそう言ってるだろ?」
「ううっ。こちらの意見を聞かず、無理やり従わせようとするのが嫌なんですよ。それは日本では認められないこと。だから……」
「生憎とここはエクスロー。異世界だ。私の管理する国でもある。私は法律で、私が権利で、私は神だ」
「そういうことなんですね。あーもう!」
落ち込むのをやめた。
なんだこのわがまま女神様!
ずっとそばにいた、たった一人の理解者が消えてしまったから、それを埋めたいだけじゃないか。
「協力していただけるのかな?」
「協力しますよ! ええ、しますとも! するけど、あなたとは話はしません」
「面白い」
「仕事はしますよ。契約したらその分は働きます。でも、かつてこの肉体の持ち主だった前任者がしたような、女神様の心のケアなんて絶対しませんから!」
宣言してやった。
女神の出現からその場所には神聖な波動が溢れていたのに、いまではどこかもの悲しい気配に変化している。
動揺しているのか、それとも自分の思い通りにならないから、怒りを溜めているのか。
もしかしたら、本当に悲しんでいるのかもしれない。
神様って永遠に孤独だったりして。そう思うと、少しだけ悪いことをしたかな? なんて気にもなった。
「あの子の姿形、その声で言わないでくれ。例えしてくれなくても」
「あなたが与えたんですよ。私が願った訳じゃない」
「そうだったな。中身は別物だ」
「ええ。そうですとも」
女神が頬を持ち上げた。
皮肉めいたもののように思えた。ふうっとラフェネが息を吹くと、それは黄金の旋風となって、洋子の全身を包み込む。
一瞬の間に消えてしまった後、洋子は自分の視界が広く、視線の位置が高くなったことに気づいた。
手足の感触もずいぶんと長くなった気がする。胸も膨らみ、お尻もそれなりのものになっている。
着ていた服と靴などは、ジャストサイズに調整されていた。まさしく、奇跡だ。
「それを与える」
「は? ハンマー?」
それは2メートルほどもある、巨大なハンマーだった。
机の上にいきなり現れて、どしんっと重い音を上げる。
ブロンズ色に染まった、鉄でもない。鋼でもない、見たことない素材でできたハンマーだった。
柄の部分は白銀色で、持ち手には白い革が巻かれている。柄の頭の部分からはこれまた銀色の頑丈そうな鎖がじゃらりと長く垂れていた。
「聖なる槌、聖槌(せいつい)オリビオル。それを与える」
「これでどうしろと?」
「決まっているだろう、魔獣退治だ。魔法事故を解決するのが、お前の役目だよ、シャナイア」
「私、ヨーコ……」
「この王国の戸籍はシャナイア・アンバース。16歳。職業は……闘姫だ」
めっちゃ厨二っぽい職業、出た!
聖槌とか、どうやって操作しろと? 私は、単なる女子高校生だったのに。
そんな洋子の心の悲鳴が届いたのか、女神は最悪のプレゼントくれた。
「いろいろと理解する時間も惜しいだろう。戯れに生前のシャナイアが遺した人格と統合してやろう。ああ、心配するな。記憶とすこしばかりの感情が加わるだけだ。人格に変化はない」
「ちょ! それって個人情報侵害っ」
「問題ない。彼女はすでに死んでいる」
「あっちに問題がなくても、私に問題が!」
今度こそ女神はいやらしくニヤリと笑った。
「文句があるなら、生きることを望んだ過去の自分を恨みなさい」
論理のすり替えが過ぎる!
再び巻き上がった黄金の旋風に巻き込まれて、洋子は欲しくもない他人の過去の人生を受け入れることになってしまった。
「嘘っ! こんなの酷いよ! 私の人権はどこ行ったの!」
「とりあえず受け入れろ。そうすれば楽になる」
「そういう問題じゃない!」
頭の中に女神の声が響いた。
既に視界が真っ暗に染まっている。
光が消えて、音がなくなり、臭いを失って、命の灯火を消す。
誰かが歌っていた曲が頭の片隅を流れていく。
これでは風前の灯火どころか、吹き消された残り火よりも虚しい終わり方じゃない?
肌感覚だけが残っていて、ぶくぶくと泡が口の端から出て行く。
肺の奥の方に溜まっているほんの少しの空気が、最後のひとかけらまで吐き出されて、また完全なる闇が襲いかかってきた。
助けて。
そう叫んでも、今度は誰も手を差し伸べてくれない。洋子は自分で選ばなければならなかった。残るか、去るかを。
くノ一も黒狼もそこにいるはずなのに、存在すら見えないでいる。
やがて深い海の底にいるような気分になった。
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