第15話 遅れているのね?

「質問がある、と?」


 廊下での会話を聞かれていたらしい。

 シオンライナにしたのと同じ内容の質問を繰り返すと、冒頭のような否定とお叱りが待っていた。


 しゅんっとなって肩をすくめていると、ラフィネはよく響く、硬質の岩を叩いたときのような音色の声でこちらを向けと命じる。

 逆らうわけにもいかないので、そっと女神を見上げたら、慈愛に満ちた微笑みが待っていた。


 ありとあらゆる命の源が発するような、母性愛にあふれていた。


「お母さん」

「私はお前の母親ではないよ?」

「ごめんなさい。つい」


 離婚して家を出て行った母親のことを、洋子はつい思い出してしまった。

 悲しみがまた心の底からこみ上げて来る。


 じっと我慢していたら、じわじわと目尻が熱くなった。

 女神様の前だというのに、はしたない。そう自分を叱咤する。


 いまはそんな時ではないのだ。

 どうしてここに来たのか、それを知らなくては。


「気にしなくていい。お前のこの世界に選んだのは私だから」

「えら、んだ……? 呼んだじゃなく?」

「幾千幾万の人格をもった魂はそこかしこにあふれている。この世界でも、異世界でもそれは同じ。私は私と仲良くしてくれそう者を選んだ。それだけだ」

「仲良くって」


 今一つその選考基準に納得いかない洋子は、瞳に不満を露わにしてみせる。

 ラフィネは、難しそうな顔をして、宙を仰いだ。


 いやに人間臭い女神様だなーと洋子は訝しむ。

 女神は単純に、孤独が嫌なだけだった。



「神は意外に孤独なのだよ。仲間は多いが、それでも集まると世界に余計な波紋をもたらす。定期的に集まるものの、常に側にいる神は少ない」

「大神官様とか」

「じじいだ」

「神官長様とか」

「政治にばかり気が流行っている。欲望の権化だ」

「女の神官とか」

「女神というだけでひれ伏す」

「聖女様とか、勇者様とか」

 ラフィネはシオンライナをじっと見た。

「そやつは既に心に決めた相手がいる。私のものにならない」

「……シオン、結婚してたんだ?」


 じっとり、と四つの視線が羨ましそうにシオンライナに注がれる。

 聖女は黒狼の腕を抱きしめて、助けを求めていた。


「これは! 私のものですから」

「物扱いしないで、シオン」


 黒狼が冷ややかに女神のまで愛を叫ぶ聖女をたしなめた。

 洋子はいきなりの展開についていけないでいる。


「えっと。女同士だよ、ね?」

「あら、ここではそれが普通ですよ」

「日本って遅れてる?」


 なんだかどっかで聞いたようなセリフが戻ってきた!

 日本で遅れてる? 同性愛に関してはそうかもしれない……。


 あの部屋にベッドがひとつしかなかったのはそういうことか。


「私はそっちじゃないから」

「求めてませんから」

「ヨーコは自分の相手を見つけたらいいじゃないですか」


 否定されて、そうじゃないんだよなぁ、と半笑いになってしまう。

 このままでいくと、女神のパートナー確定なんですけれど? 誰か助けてくれませんか?


 心の中ではそう言いたかったのだ。

 話が逸れているぞ、と女神が話題を元の軌道に戻した。


「私はパートナーを欲しがっているわけではない。自分と同じ感覚を考えを共感してくれるような人材を登用したにすぎない」

「登用……。つまり、会社に雇ったというか。女神様の職場にスカウトした、みたいな?」

「招いたと言えばいいだろうな。だから、誤解するな。そこの二人はこっちでも珍しい」

「ああ、はい」


 別にそんなカップリングに興奮するような性癖は持ち合わせていない。

 そこはどうでもいい。本当にどうでもいいことだった。


「取り乱して失礼しました。それはさておきです、ね。ヨーコ、何か気付きませんか? 女神様の外見とか拝見してみて」

「え? そういえば……」


 言われてみれば、髪と瞳、肌の色を変えて見れば双子、と言われてもおかしくないほどに似ている……気がする。

 自分ではよく分からない。


 それがどうしたというのだろう。


「シャナイアという女官がいた」


 女神がいきなり語り出した。唐突だな。


「同じように選出した子だった。この王都でな。だが、死んでしまった。魂を魔獣に食われて」

「……」


 めちゃくちゃシリアスなんですが。

 だから、この肉体を与えた、と?


 この先の展開が読めそうで怖い。その女官は果たして死んだとき、この年齢、この外見、この体格だったのだろうか。


「肉体の損傷があまりにもひどかったので、それを修復してみたら幼い姿に戻ってしまった。後で元に戻すので心配はいらない」

「心配はしてないんですけど。それでどうしようとおっしゃるんですか」

「彼女の肉体を与えたのだから、彼女の職務と任務を遂行してほしいと思う」

「それがこの世界で生きる為の代価だと?」

「まあ、そういうことになるね」


 イエスかノーか、ではなく。完全一択イエスのみ、採用。

 他の人生を選べるかもしれないなんて甘い言葉は嘘だった。


 女神の目は真剣そのもので、どこにも逃げる余地がない。


「断った場合は?」

「お前の一番やな状態に戻ることになる」


 濁流に呑まれて苦しみもがいたあの状況に、強制的に送還される、と。

 神様というのは本当に理不尽だ。


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