第13話 二人でスーパーへ

広々としたスーパーの店内は、休日の朝を楽しむ買い物客たちのざわめきで満たされていた。

楓は入り口付近に並んだ買い物かごを手に取り、軽く持ち直して歩き出そうとする。


その瞬間、遼が横からスッと手を伸ばし、そのかごを取った。


「俺が持つよ」


楓は一瞬驚いた表情を見せる。


「……別に大丈夫だけど」

「どうせ重くなるし、料理も手伝えないからさ。せめてこれくらいはね」


遼が自然な笑みを浮かべてそう言うと、楓は一瞬だけ彼の顔を見て、軽く息をついた。


「……じゃあ、お願い」


楓はそのまま前を向いて歩き出した。


 

調味料棚の前で、楓が手際よく品を選び始めた。

醤油、みりん、オリーブオイル、塩、胡椒……次々と棚から手に取ってはかごに入れていく。その動きには迷いがない。


「調味料って意外と種類多いんだね」

「これが基本。これがないと何も始まらないから」


楓がそう言って振り返ると、遼は少し驚いた表情で彼女を見ていた。


「こんなに揃えるんだ」

「当然でしょ。逆にこれがなかったらどうしてたの?」

「そもそも何も作ろうとしてなかったし……」


遼が申し訳なさそうに肩をすくめると、楓は小さくため息をつきながら軽く笑った。


「まあ、これを機に少しずつ覚えたら?」

「そうだね。前向きに検討する」


そんなやり取りをしながら、二人は野菜コーナーへ進んだ。

楓がトマトやレタスを手に取り、じっくりと見定める姿に、遼は感心したように声をかける。


「一条さん、野菜選ぶの上手そうだね」

「別に普通。おいしそうかどうかくらい見ればわかるでしょ?」


楓がさらりと言うその横顔に、遼は微かに笑みを浮かべた。ふと、何気ない思いつきで質問を投げかける。


「そういえば、好きなお菓子とかある?」


楓は少しだけ目を丸くし、予想外の質問に一瞬戸惑った。


「……特にこれってのはないけど、クッキーとかは好きかな」

「じゃあ、コーヒーの茶請け用にクッキー買っとこうか。後でお菓子コーナー寄る?」

「別にいいけど、そんな気を遣わなくても」

「せっかくだし、一緒に選ぼうよ」


楓は遼をじっと見つめ、少し考えた後、小さく頷いた。

 

昼食と夕食の献立を話し合いながら、買い物は順調に進んでいった。

楓が提案したメニューは、昼はパスタとサラダ、夜はチキンステーキにマッシュポテト、サラダとスープという健康的な内容だった。


「ジムに通ってるんだから、ちゃんとタンパク質を摂りなさい」

「助かるよ、一条さん。ほんとに頼りになる」


遼の素直な感謝の言葉に、楓はわずかに頬を染めながら視線を逸らした。


 

最後に二人はお菓子コーナーへ立ち寄り、いくつかのクッキーを選び比べた。

遼が手に取った一つを見せると、楓は少し首をかしげながら別の商品を指差す。


「こっちの方が美味しそうじゃない?」

「確かに。一条さん、こういうのにこだわりがあるんだね」

「別に……ただ見た目の話」


そのとき、近くにいた年配の夫婦の会話が耳に入った。


「ほら、あの若い二人。なんだか微笑ましいわね」


楓の手が一瞬止まり、耳元がうっすら赤くなる。

クッキーを棚に戻す仕草にも、どこかぎこちなさが現れていた。


その様子に気づいた遼が、肩越しに軽くからかうように声をかけた。


「一条さんとカップルに見られるなんて、俺としては光栄だけどね」

「……余計なこと言わないで」


楓が小さく鋭い目を向けると、遼は笑いながら軽く手を挙げた。


「ごめんごめん、冗談だって」


楓は呆れたようにため息をつきながらも、少しだけ口元に微笑みを浮かべて歩き出した。


 

買い物を終え、会計を済ませた二人は、それぞれ袋に商品を詰める。

楓が袋を持ち上げようとすると、遼がそれをスッと取る。


「全部持つよ」

「……別にいいのに」

「ここまできたら最後までやらせてよ」


遼の柔らかな言葉に、楓は一瞬ためらったものの、やがて小さく頷いた。


「……じゃあお願い」



マンションへ向かう帰り道、楓がふと口を開いた。


「さっきの話、まだ気になってるんだけど」

「ん?カップルに見られたこと?」

「そう。それ。学校とかだと何とも思わないのに、外で言われると何であんなに恥ずかしいんだろう」


楓は自分でも戸惑ったような表情で言う。

遼は少し考えた後、穏やかに笑って答えた。


「学校と違って、外の人たちが悪意なく見てるからじゃない?さっきの夫婦も、ただ微笑ましいと思っただけみたいだし」

「……そうなのかな」


楓はどこか納得したような、まだ引っかかっているような表情で前を向き直した。

遼は彼女の横顔をちらりと見ながら、柔らかい笑みを浮かべて足を揃えた。



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