第14話 手作りお昼ご飯

マンションに戻った二人は、買い物袋をキッチンに運び込むと、早速昼食作りに取り掛かった。

楓がエプロンを着けると、買ってきた材料を手際よくキッチンカウンターに並べる。その動作は迷いがなく、スムーズだった。


「昼はペペロンチーノね。天城くんは座って待ってて」


楓が当然のように告げると、遼は苦笑いを浮かべながら椅子に腰を下ろした。


「手伝わなくていいの?」

「……余計なことしないで。すぐにできるから」


楓はそう言いながら、鍋にたっぷりの水を入れ、火にかけた。

その間にニンニクを薄くスライスし、唐辛子の種を丁寧に取り除く手つきは手慣れている。流れるような動作に、遼は思わず見とれてしまう。


「……本当に手際いいね」

「そりゃね。これくらいできないと、料理好きとは言えないでしょ」


鍋の沸騰を待つ間、楓はさっとレタスやトマトを洗い、手際よくサラダを準備していく。

遼はその様子を眺めながら、ふと声をかけた。


「サラダも作るんだ?」

「パスタだけだと栄養が偏るでしょ。これくらい当たり前」


楓はさらりと言いながら、ドレッシングも簡単に手作りし、鮮やかに盛り付けを終えた。

遼はその完成度に目を見張る。


「ほんとすごいな。一条さんの家族は幸せだね。こんな手際のいい料理、毎日食べられるなんて」

「……別に普通だよ」


楓は少し照れたように目を逸らしながら、鍋の水が沸騰するタイミングを見計らってフライパンを準備した。

オリーブオイルをたっぷり注ぎ、ニンニクを弱火でじっくりと香りが立つまで炒め始めると、キッチンに豊かな香りが広がる。


「いい匂い……これ、プロが作ってるみたい」

「プロじゃないし。まあ、小さいころから料理好きだったのは確かだけどね」


楓はフライパンを傾けながら、淡々と答えた。


「料理好きになったきっかけとかあるの?」


遼の問いかけに、楓は少しだけ手を止めた。

唐辛子をフライパンに加えながら、どこか懐かしそうな表情を浮かべて口を開く。


「……母親がね、キッチンに立つ姿がなんか格好良くて。小さいころからずっと憧れてたの。それで、手伝いたいなって思ったのが最初」

「お母さんが料理好きだったんだ」


遼が優しい声で聞くと、楓は小さく頷いた。


「そう。キッチンで何かを作ってる姿を見るのが好きだったの。で、手伝わせてもらったら楽しくて、それでいつの間にか私も好きになったの」


楓の声は少し控えめだったが、その表情には温かさがにじんでいた。


「あと、私には姉がいてね、今大学二年なんだけど、あの人、ちょっとシスコン気味でさ」

「シスコン?」


遼が思わず吹き出しそうになると、楓は肩をすくめて続けた。


「私が作った料理を毎回『楓の料理、最高!』とか言って、すごい勢いで食べるのよ。それが楽しくて、どんどん作るのが好きになったって感じ」

「へえ、お姉さん、すごくいい人じゃない。それにしても、一条さんが料理上手になった理由が家族愛からだったとは」


遼の言葉に、楓は唐辛子を混ぜる手を止め、ちらりと彼を睨む。


「……だから、そういうのいちいち口にしなくていいから」


耳がほんのり赤くなった楓の横顔を見て、遼は思わず口元に笑みを浮かべる。


鍋のパスタが茹で上がるタイミングを見計らい、楓は手際よく湯を切り、フライパンに投入した。

オリーブオイルをひと回しして全体を絡め、塩加減を調整すると、あっという間にペペロンチーノが完成した。


「はい、できた」


楓はパスタを二つの皿に盛り付け、テーブルに運ぶ。その隣には、鮮やかなサラダが盛り付けられたボウルも置かれている。

遼はフォークを手に取り、一口食べると目を見開いた。


「……これ、やばい。めちゃくちゃうまい」

「大げさでしょ」


楓が少し呆れたように言いながらも、遼の反応に満足そうな表情を浮かべた。


「いや、大げさじゃないって。本当にお店レベル。これ、マジで出したら繁盛すると思う」

「……そういうの、真に受ける人がいるからやめて」


楓はさらりと流しながらも、どこか得意げにフォークを動かした。


「でもさ、一条さんって学校では高嶺の花って感じだけど、こうしてると意外と親しみやすいよね」


遼の言葉に、楓はフォークを止め、一瞬だけ彼を見た後、軽く鼻で笑った。


「……それって、どういう意味?」

「いや、悪い意味じゃなくて。普通に話しやすいし、こうして一緒に料理してると距離が近く感じるっていうか」

「ふーん」


楓はそっけなく返しながら、耳を隠すように髪を触る。その仕草に気づいた遼は、特に何も言わずに笑みを浮かべる。


「まあ、料理してるだけだしね。余計なこと考えないで」

「了解。じゃあ、このおいしいペペロンチーノを黙って味わうことにするよ」


二人の食事は静かで穏やかに進む。

久しぶりに誰かと食べる手料理は、遼の心に深く染み渡っていった。



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