第11話

夕方、ゴールデンウイーク前最後の学校が終わり、天城遼はコンビニの袋を片手にゆっくりとエントランスを通り抜ける。

袋の中にはいつも通りのコンビニ弁当とサラダが入っている。学校帰りに立ち寄り、特に迷うことなく選んだ夕飯だった。


(……やっぱり料理とか面倒だし、これでいいよな)


袋を軽く持ち上げ、遼は自嘲気味に心の中でつぶやく。


その時、背後から軽い足音が聞こえてきた。振り返ると、スーパーの袋を手にした一条楓がエントランスに入ってきたところだった。

楓は薄手のカーディガンにデニムのショートパンツ、白いスニーカーというシンプルながらも映えるスタイルだった。どこか小洒落たその姿は、彼女らしい自然な華やかさを感じさせる。

彼女は遼の手元の袋を一瞥し、呆れたようなため息を漏らした。


「……またそれ?」


「いやあ、どうもやる気になれなくてさ」


遼は苦笑しながら肩をすくめる。楓はその言葉を聞き流すようにエレベーターのボタンを押した。

エレベーターの中に沈黙が広がる。

楓はふと遼の持つ袋に視線をやり、少し眉をひそめながら口を開く。


「……正直、見て見ぬふりするのも嫌なんだけど」

「え?」


遼は楓の言葉の意図をつかみかねて聞き返した。


「その不健康な食生活」


楓は少し真剣な表情で遼を見た。


「毎日コンビニ弁当ばっかりなんでしょ?さすがにそれ、体に悪いよ」

「まあ、そうだろうけどさ……」


遼は気まずそうに答えたが、楓はさらに続けた。


「この前お出かけに付き合ってもらったお礼ってことで、GW期間中だけでも私が料理作ってあげようか?ピンブローチも貰ったし」


その提案に、遼は目を見開く。


「えっ、料理?」

「うん。どうせ暇だし、材料がちょっと増えるくらいで手間も変わらないから」


楓の言葉には淡々とした響きがあったが、どこか相手の反応を伺うような様子も感じられた。


「いや、でも、さすがに悪いよ。一条さんにそこまでしてもらうのは……」

「別にいいよ」


楓はさらりと言い切ると、軽く肩をすくめた。


「助けてもらったし、お出かけも色々付き合ってもらったし、これくらいはしないと私の方が悪い気がする」


その言葉に、遼は一瞬返答に詰まる。


「それに」


楓は遼の視線を見つめながら言葉を続けた。


「あまりに不健康な生活しているのを知った上で放置するのもちょっと嫌だし」


遼は少し困惑しながらも、彼女の真っ直ぐな言葉に頷く。


「そっか……」


(そこまで言うなら断るのも悪いか……でも、料理作ってもらうって、申し訳ないなあ)


「こっちの家で作るってことだよね?」

「当然でしょ。クラスメイトの女子の家にあがりたい?」


くすっと笑いながらの楓の飾らない物言いに、遼は肩をすくめながら苦笑する。


「わかった。是非うちでお願い。あ、ただ材料費は全部こっちに負担させて。時間を使ってもらうわけだし作ってもらうしね」

「おけ。じゃあ明日からね。お昼と夕食だけでいい?朝もいる?」

「え、昼も?」

「別にいい。言った通り暇だから」


エレベーターが7階に到着する。

扉が静かに開き、楓は先に降りると、一度振り返って軽く手を挙げた。


「じゃあ、明日は朝10時くらいにお邪魔するから。食材とか道具を確認したいし」

「あ、うん……よろしく」


楓は特に表情を変えることなく、手を軽く振って自分の部屋へ向かう。

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