第8話

モールを後にした遼と楓は、マンションへと続く街路を並んで歩いていた。

夕方の柔らかな日差しが街全体を金色に染め、風に揺れる木々の影がアスファルトの上で揺らめいている。

休日の喧騒も徐々に静まり、行き交う人々の姿は少なくなっていた。


「今日、一日中歩き回ったね」

楓が軽く息をつきながら言うと、遼は少し笑みを浮かべて頷いた。


「確かに。でも、なんだかあっという間だった。一条さんと回ると時間が短く感じるっていうか」

「そういうの、もう少し自然に言えないの?」

楓が軽く睨むように言いながらも、どこか楽しげに肩をすくめる。

遼は気まずそうに笑いながら返した。


「お世辞じゃないんだけどな」

「そういうとこがズルいっていうか、調子いいっていうか……」


そう言いながらも、楓はふっと笑みを漏らした。


「まあ、私も久々にこういうことしたから、結構楽しかったけどね」

その言葉に、遼は少し意外そうな表情を浮かべた。


「久々って、普段あんまり出かけたりしないの?」

「そうだね。必要な買い物があるときくらいかな。基本は家にいる方が多い」

楓は特に気にした様子もなくさらりと答える。


「でも、今日は付き合ってもらったし、こういうのもたまには悪くないかなって思った」


その一言に、遼は軽く微笑んで頷いた。


「そっか。それなら良かった」

「まあ、誘ったのは私だけどね」

楓が少し呆れたように言うと、二人はどちらともなく小さく笑った。


マンションのエレベーターが静かに7階で止まり、扉が開く。

楓は降りたところで足を止め、振り返った。


「じゃ、ここで解散だね」

「そうだね。今日はありがとう。一条さんが一緒にいてくれなかったら、たぶん俺、一人でブラブラして終わってたと思う」


遼がそう言うと、楓は少し目を丸くしてから軽く笑った。


「くすぐったいってば、そういうの。でも……まあ、いいけど」

彼女の声には、どこか照れくさそうな響きがあった。


楓は一瞬の間を置いてから言葉を続ける。


「私も楽しかった。こんなにいろいろ見ることも普段ないし。まあ、天城くんがついてきてくれたのも、そんなに悪くなかったかな」

「お、それって褒めてる?」

遼が少し茶化すように言うと、楓は目をそらして眉をひそめた。


「……受け取り方は自由」


そう言って軽く買い物袋を揺らし、夕方の光が差し込む廊下を歩き出す。

ドアの前に立ち止まると、振り返らずに言葉を落とした。


「じゃ、またね」

「うん。また」


遼が手を軽く挙げると、楓は小さく頷いて部屋の中へ消えた。

ドアが静かに閉まり、その場には静寂が戻った。


遼は自分の部屋に戻り、買ってきた本を机の上に置いた。

荷物を整理する手を止め、ふと呟く。


「楽しかった、か……」


その言葉を繰り返しながら、少し笑みを浮かべる。

考えてみると、こうして誰かと一日中過ごすのは久しぶりだった。


(なんだかんだで、一条さんって取っつきやすいよな)


冷蔵庫から冷たい水を取り出し、グラスに注ぐ。

一息ついた後、机の上の本に目をやりながら、次にまた彼女とこうして出かける機会があるのだろうかとぼんやり考えた。


一方、楓も部屋に戻ると、買い物袋をテーブルの上に置き、ソファに腰を下ろした。

カーディガンを袋から取り出して広げ、軽く手に取る。


「……まあ、いい買い物だったかな」


そう呟きながら、その柔らかな手触りを感じて、ふっと微笑む。

カーディガンを畳み直して袋に戻した後、今日一日の出来事を静かに思い返していた。


(天城くん、やっぱり変な人だよね。押してくるわけでもないのに、こっちを振り回すっていうか……)


遼の穏やかな態度や、どこか居心地の良い雰囲気を思い出しながら、楓は無意識に頬を緩めていた。

その微笑みが自分でも不意だったのか、楓は小さく息をつく。


「次、こういうことあるのかな……」


声にするにはぎりぎりの小ささで呟くと、リモコンに手を伸ばし、テレビをつけた。

画面に映る何気ないニュース番組を眺めながら、楓は今日の記憶をそっと心の片隅にしまった。

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