第6話
日曜日の昼下がり。
ショッピングモールのレストラン街は、休日を楽しむ家族連れや友人同士のグループで賑わいを見せていた。
響き渡る楽しげな笑い声と食器の触れ合う音が、モール全体に柔らかな喧騒を広げている。
そんな中、遼と楓は一軒のカフェレストランの前で立ち止まっていた。
大きなガラス窓からは落ち着いた雰囲気の店内が見え、壁に並べられた観葉植物が静かに揺れている。
「ここ、どう?軽めのメニューもあるし、雰囲気も良さそうだけど」
楓がガラス越しに店内を覗き込みながら尋ねる。
遼は入り口に掲げられたメニュー看板を一瞥し、小さく頷いた。
「いいね。俺、サンドイッチとか好きだから、ちょうど良さそうだ」
楓は軽く笑みを浮かべ、「じゃあ、ここにしよっか」と店のドアを開けた。
二人は店員に案内され、窓際の席に腰を下ろした。
外にはモール内の広場に設置された噴水が見え、その周りを家族連れやカップルが行き交っている。
春の日差しが柔らかく差し込み、テーブルに置かれた水のグラスがきらりと光った。
楓がメニューを手に取りながら、ふと顔を上げる。
「何にする?」
「俺は、このクラブハウスサンドイッチかな。あとアイスコーヒー」
遼が指差したメニューを見て、楓は微かに笑う。
「無難だね。でも、そういうのが一番美味しい気がする」
「冒険するタイプじゃないから」
遼が肩をすくめながら苦笑すると、楓もつられるようにくすっと笑った。
「じゃあ私は、グリルチキンサラダとミネストローネにしようかな」
「ヘルシー志向だね。一条さんらしいって感じ」
「別にそんなことないけど。ただ、今日はそんな気分なだけ」
楓はさらりと返し、店員に二人分の注文を済ませた。
その動作は無駄がなく洗練されていて、遼は思わずその仕草に見入ってしまう。
しかし、楓が視線に気づく前に、遼はすぐに窓の外へ目を逸らした。
しばらくして、料理が運ばれてきた。
遼の前には彩り豊かなクラブハウスサンドイッチが、楓の前にはカラフルなサラダと湯気の立つスープが置かれる。
「いただきます」
二人はほぼ同時に手を合わせて食事を始めた。
遼はサンドイッチを一口かじり、その厚みのある中身と香ばしいパンの食感に思わず顔をほころばせる。
「これ、思った以上にボリュームあるな。でも美味しい」
「良かったね。やっぱり定番は外さないってことか」
楓はスプーンでスープをすくいながら、微笑むように言った。
「そっちのスープはどう?」
遼が問いかけると、楓は一口飲んで満足げに頷く。
「うん。野菜がゴロゴロ入ってて食べごたえがあるし、味も優しい。結構好きかも」
「そうなんだ。ミネストローネって、店によって味が全然違うって聞くけど」
「そうそう。具材の種類やスープの濃さで、全然違うんだよ。ここのは野菜の甘みがしっかり出てていい感じ」
そんなやり取りを交わしながら、二人は穏やかに食事を進めた。
ふと、楓がグリルチキンを切り分けて遼に向かって差し出した。
「これ、ちょっと味見してみる?」
「いいの?」
遼は少し驚いた表情を見せながら、フォークの先に乗せられたチキンを受け取るように口を近づけた。
「どう?」
楓が問いかけると、遼は頷きながら答える。
「これ、結構しっかり味付けされてて美味しいね。レモンのソースがいいアクセントになってる」
「でしょ?私も気に入った」
楓は満足げに笑ったが、直後にハッとしたように顔をそらした。その頬がわずかに赤みを帯びているのに気づき、遼は軽く咳払いをしてからかうように口を開いた。
「……あのさ、サンドイッチも食べてみる?」
冗談めかしてクラブハウスサンドイッチを手に取る素振りを見せると、楓は目を丸くして手を振った。
「ちょっと!いいから、そういうの!」
慌てた楓の反応に、遼は笑いを堪えながら肩をすくめた。
「ごめんごめん。でも、ちょっとくらい冒険してみてもいいんじゃない?」
「……ほんと、調子に乗らないでよ」
楓は頬を赤くしながら視線を落とし、再びスープを一口飲んだ。
◇
食事を終え、飲み物を楽しむ二人。
自然と会話も弾み、ゆっくりとした時間が流れていた。
「連休、特に予定とかあるの?」
遼がストローを弄りながら聞くと、楓は少し考え込むようにして答える。
「特にないけど、やっぱり少しは外に出たいかな。でも、人が多いところは疲れるし」
「分かる。今日みたいにのんびり歩くくらいがちょうどいいよね」
「うん。……今日みたいなの、悪くないかも」
楓が小さく呟くその声には、微かな安堵と穏やかさが滲んでいた。
カフェを後にした二人は、モール内を歩きながら次の目的地を探していた。
楓がふと遼を見上げて、自然な笑みを浮かべる。
「次はどこ行く?」
「どこでもいいよ。一条さんの行きたいところ、付き合うから」
「それなら、もう少しだけウィンドウショッピングに付き合って」
楓の声には、どこか楽しげな響きがあった。
遼もその雰囲気に応じて笑みを浮かべながら、彼女と歩き出した。
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