第3話
高校生活が始まって数日がたったある日の夕方、赤みを帯びた陽光がマンションに差し込んでいた。
天城遼は、コンビニの袋を片手にゆっくりとエントランスの自動ドアを通り抜けた。
学校からの帰りに契約しているジムで軽い筋トレを済ませた後、夕飯を調達するため近所のコンビニに立ち寄ったところだった。
(……あー、今日はもう疲れたし、これで十分だよな)
袋の中にはいつも通りのコンビニ弁当とサラダチキン、そしてプロテインバーが入っている。遼は袋を軽く持ち上げ、中身を確認しながらため息をついた。
(自炊とかできればいいんだけどね……面倒だし)
その時、エントランスにもう一人、別の人影が現れた。
スーパーのレジ袋を片手にした一条楓が、少し疲れたような顔で入ってきた。
彼女は遼に気づくと一瞬足を止めたが、特に表情を変えることもなくそのまま歩み寄る。
「あ……一条さん?」
遼が自然に声をかけると、楓は軽く頷いた。
「……こんにちは」
その気だるげな声と態度は、学校で見せる「お姫様」の雰囲気とはまるで別人だった。
楓はエレベーターのボタンを押しながらちらりと遼を見た。
「……引っ越しの時、もう見られてるし。今さら取り繕うとか、意味ないでしょ」
「なるほどね、そっちでしゃべるんだ」
遼は思わず笑みを漏らしながら、楓の飾らない態度に少し驚いていた。
エレベーターが到着し、二人は中へ入る。
遼がエレベーターの「7」のボタンを押すと、楓は手にしたスーパーの袋を持ち直しながら、遼の持つコンビニの袋に目をやった。
「……ねえ、それ毎日やってるの?コンビニ弁当とかばっかり」
「ああうん、まあそうだね。一人暮らしだし、楽でいいから」
楓は少し眉をひそめた。
「……いや、それ普通に体に悪いから。たまにはちゃんとしたの食べなよ」
その言葉には特に感情はなく、ただ事実を淡々と述べるような調子だった。
遼は肩をすくめる。
「俺、料理したことなくてさ」
「せっかく一人暮らししてるんだから。ちょっとくらい、自炊してみれば?」
楓はスーパーの袋を軽く揺らしながらそう言うと、少しだけ目を細めて遼を見た。
「……もしかして、料理するのは親御さんじゃなくて一条さん?」
「当然でしょ。私も一人暮らしだから」
その言葉に遼は少し驚いたような顔を見せるが、特に言葉を返すことはなかった。
エレベーターが「7」の数字を示し、静かに止まる。
扉が開き、楓は無言のまま先に降りた。
そのまま自分の部屋に向かおうとしたところで、ちらりと遼を振り返る。
「じゃ」
「あ、うん」
短い別れの挨拶だけを交わし、二人はそれぞれの部屋へと向かう。
遼はふと自分の手元のコンビニ袋を見つめ、楓の言葉を思い出していた。
(……料理か。いやうーん)
一方で、楓は部屋の鍵を開けながら、遼のどこか柔らかい雰囲気を思い出していた。
(……)
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