第2話

教室内のざわめきが少しずつ収まり始めたころ、担任が入ってきた。

眼鏡をかけた穏やかな雰囲気の男性教諭が黒板に名前を書きながら自己紹介を始める。

「皆さん、今日から1年間よろしくお願いします。担任の村上です」

 

担任の簡潔な挨拶の後、一人ずつの自己紹介タイムが始まった。


「じゃあ、出席番号順に行こうか。最初は……天城遼君」


遼は名前を呼ばれると自然に立ち上がり、少しだけ教室を見渡す。

背筋を伸ばし、落ち着いた声で話し始めた。

 

「天城遼です。部活動はする予定はありませんが、体を動かすことは好きなので機会があれば是非誘ってください。よろしくお願いします」

 

その丁寧で礼儀正しい態度に、教室内から「やっぱりイケメンだよな……」と感嘆の声が漏れた。


次は一条楓の番。

 

「一条楓です。勉強を怠らずに過ごすつもりです。どうぞよろしくお願いします」

 

彼女の短い挨拶に対しても、「綺麗すぎる……」「さすが代表挨拶した人だよな」と感嘆とささやきが教室内に広がる。

しかし、楓の姿勢や目線からは周囲との距離を感じさせるものがあり、その雰囲気は「高嶺の花」としての印象を一層強めていた。

楓はそっけない表情のまま席に戻ると、机の上に視線を落とした。


(……あまり、必要以上に話しかけられないといいけど)


順調に自己紹介が終わり、席順に関してとりあえず出席番号順にすると担任からアナウンスがあった。

遼の席は窓側の一番前となった。

後ろの席には一条楓。

席の移動が済んだところで担任が終了を告げ、教室から出ていく。

入学式の日程がすべて終わり、教室内がざわつく中、坂口晴斗と自己紹介をしていた少年がすっと遼の隣に寄ってきた。


「なあ、天城君!さっきの自己紹介、運動好きなんだって?いいな!」


快活な声と笑顔で話しかけられ、遼は少し驚きながらも答える。


「えっと、ありがとう。陸上部の坂口君だっけ?」

「ああ、晴斗でいいよ。お互い名前で呼ぼうぜ!」


晴斗の自然なテンポに遼もつられて笑顔になる。


「うんいいよ。じゃあ、晴斗。よろしく。」

「おうよろしくな!遼!ところでどこ中?」

「ああ、ちょっと離れたところから最近越してきたんだ」

「なるほどな!どおりで初めて見るわけだ。こんなイケメン一度見たら忘れないもんな!」


そういって少し考えるようなそぶりを見せる晴斗。


「そうだ、今日は部活に顔を出すからあれなんだけど、今度放課後とかに街を案内しようか?引越ししてきたばっかりだったらこの辺、まだ慣れてないだろ」

「それは助かるな」


一方、楓のもとには篠崎瑠香が近づいてきた。

 

「一条さんだよね!あの入学式の挨拶、すごく良かったよ!」

 

瑠香のストレートな褒め言葉に楓は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの冷静な雰囲気を取り戻す。

 

「ありがとう」

「私、瑠香!陸上部で短距離やってるんだ。一条さん、部活は入らないの?」


瑠香の明るいトーンに楓は少し困ったように首を振る。

 

「部活は入りません」

「そっか。じゃあ、今度お茶でもしない?お互い色々話せたら嬉しいし!」


その申し出に、楓はほんの一瞬考え込むような仕草を見せた後、きっぱりと首を振った。

 

「ごめんなさい。ちょっと予定があるから」


瑠香はその返答に少し残念そうな顔をしたが、すぐに明るく笑った。

 

「そっか!じゃあまた今度ね!」

 

楓は小さく頷くだけで、再びノートに視線を戻した。


(少し押しすぎたかな……)


瑠香はそんな風に感じつつも、深追いはせずに席へと戻った。


晴斗と瑠香は部活の準備のため、教室を早めに出ていった。

晴斗が「じゃあまた明日な、遼!」と明るく声をかけ、瑠香も「一条さん、またね!」と軽く手を振る。

同じ中学出身者と思われるクラスメイトにも挨拶をしながら二人は教室を出ていく。


遼も荷物をまとめながら、ふと楓の方に目をやると、彼女が自分より先に教室を出ていくのが見えた。

彼女の背中を自然と目で追ってしまう。


(やっぱり一条さん、周りとあまり深く関わるつもりはなさそうだな……)


遼はそんな風に思いながら、自分も教室を後にした。

廊下を歩きながら楓の姿を遠くに見つけるたびに、どうしてか目が向いてしまう。

しかし、彼女が振り返ることはなく、そのまま真っ直ぐな足取りで校門へと向かっていった。

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