永田町にて

「…………」

酒井はむっつりとした顔で窓から外を眺めていた。不機嫌の理由はたった今秘書から受けた報告である。全くなんという事をしてくれたんだ。


「いかが致しましょう」

秘書の大黒はそう訊いてきた。そんなの俺が聞きたいくらいだよ。


「……あちらさんで調べてるんだろう?」

酒井は顔をしかめてその点を確認した。


「はい」

大黒は短く答えた。


「こっちはどうしてるんだ?」

酒井は大黒にそう訊いた。いささか以上に間抜けな質問ではあるがこれが国家公安委員会委員長という役職の実態である。形式上は警察庁を所管するという事になってはいるが、実際には国家公安委員会委員長が管掌する省庁すらない外野なのだ。


「警視庁は既に動いています」

大黒はまたも短く答えた。その回答に酒井は少し眉を八の字にした。


「おいおい、勝手に逮捕とか止めてくれよ」

酒井は心配そうにそう言ったが、


「それはないと思われます」

大黒は冷静にそう答えた。


「ホントかよ」

酒井は片眉を上げてそう問うた。


「警察こそこういう問題には敏感ですので」

大黒はまたも冷静にそう答えた。その言葉に酒井は少し気分を害した。


「どうせ俺は外様の配管工だからな」

酒井は口をひん曲げて秘書に当たった。


「溝手先生も警察畑ではありませんでした」

大黒は冷静な口調のまま、だが少しだけ慰めるようにそんな事を言った。


だが酒井は内心で大黒の言葉の正しさを認めてもいた。国家公安委員長など内閣府の担当大臣でしかなく前述の通り省庁すらない。だがそれでも警察からすれば自分たちを管掌する大臣なのだ。歴代の委員長やその係累を把握していても不思議ではない。


それが今回この大事件を表沙汰にしない裏の理由でもあった。いや裏の理由というのはおかしい。なぜなら表の理由などないからだ。だが──


「なんかムカつく話だなあ」

酒井は鼻に皺を寄せてそう言った。


「まるでこっちが弱みを握られてるみたいじゃねえかよこれ」

酒井は大黒にそうぼやいた。実際酒井の指摘通りではある。


「しかしすぐに表沙汰には……」

大黒は少し眉根を寄せてそう言った。酒井はますます不機嫌になったが確かに大黒の指摘の正しさを認めた。今公表したらエライ事になる。


「でもさ、これアレだぜ?警察が一私企業に忖度したって事にならねえか?」

酒井はその点を大黒に問いかけた。


「それについては先方から説明がありました」

大黒は冷静にそう言った。


「なんて言ってた?」

酒井は先を促した。


「現時点では被害届が出されていないので、と」

大黒の言葉に酒井は激昂した。


「窃盗は刑事事件だろうが!」

酒井は真に正しい事を叫んだ。だが酒井自身もその正しさを貫く気はなかった。

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