警察の威信
渡辺警視は練馬署に派遣されている井戸端警視からの定期報告を受けるとすぐに陣川警視長の下へと向かった。今日も特に大きな動きはなかったのだが、それでも報告をする必要がある。本件は決して気を抜ける事案ではないのだ。
「キタはソトもウチも動きはありません」
渡辺は陣川にそう報告した。
「引き続きよろしくお願いします」
陣川は落ち着いた口調でそう言ったがその目つきは鋭かった。
ソトというのは表向きという意味である。本件における井戸端の任務はふたつあり、ひとつはマルタイの通称田中、本名飯塚悟の警備だが実はこれは陽動だった。飯塚の身柄などどうなってもいい。最悪の自体を想定して介入の糸口を確保しただけだ。
そして井戸端の本当の任務はウチと呼ぶ方である。これは練馬署そのものと、飯塚の職場を監視するという意味であった。万が一にも練馬署のフライングなどあってはならない。井戸端の存在はそれを抑止するためのものでもあった。
そして井戸端には警視庁から派遣された極秘の調査チームがある。調査チームの任務は飯塚の職場をあらゆる手段を用いて調査を進める事だった。既にサーバの侵入経路は確保しておりサイバー犯罪対策課に解析を進めさせている。
もちろんこれは非合法のクラッキングであり証拠にならないどころか表沙汰にすらできない。だが本件ではそれは問題にならないと判断された。
もし本件で警察が介入する場合、容疑者の逮捕と起訴自体は容易である。問題はそれの演出だった。早すぎも遅すぎもせず警察の威信を見せつける事こそが重要なのだ。故に特別捜査本部すら設置していない状況で秘密裏に捜査を進めているのだ。
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