新人の受難
「え!?私がですか!?」
五十崎香織は思わずそう声を荒げてしまった。
「大変だろうが頼むよ」
佐藤部長は困り顔でそう言ってきた。
「え、えぇー……」
香織は困惑して微妙な笑顔、に見えなくもない顔でそう言った。
五十崎香織は法政大学の情報科学部卒の優秀な人物であり、在学中に応用技術者試験にも合格したやる気と能力に恵まれた女性である。彼女はIT後進国と呼ばれる日本の現状に憂い──た訳ではなく、自分を高値で売れると見越してこの会社に就職したちゃっかりさんでもあった。
だが彼女は優秀であったが故に日本のITの現実を知らなかった。日本のITはレベルが低いわけではなかった。そもそもやってる事が違うのだ。
Googleに代表される海外ITは「ITでなにを実現するのか」という視点で日々研鑽を重ねているのに対し、日本のそれは「今の業務を如何にITに落とし込むか」という視点である。つまり研究開発ではなくデータ管理機能の整備がその実態なのだ。
従ってビジネスパートナーと呼ぶ社外の技術者の質もあまり良くはない。彼らの半分は昭和の言葉で言うところの「
だがそんな出羽守でも相当ましなほうで、三次受け以下になると情報処理関係の学校を出ていないとか、提示した必要技術を習得してないとか、技術者希望ですらなかったとか、そもそもどこ所属の人間だかも分からないなどの魑魅魍魎だらけなのだ。
優秀な学生であった香織にはそんな半グレみたいな集団の取りまとめなどできる訳がなく、従って加賀の存在は非常に頼もしかった。だが──
「でもなぜ急に加賀さんが?」
香織は当然の質問をした。
「……よく分からないんだよ」
佐藤部長は顔をしかめてそう言った。部長がよく分からないって、なに?
香織が今対応しているのはグループの商品管理用内部システムの刷新、という超巨大プロジェクトである。ただの社内グループウェアなどでは決してない。このシステムは顧客へ販売する株や証券の管理システムなのだ。失敗は決して許されない。
のだがこれがまあ品質が宜しくない。実はもうかなりヤバい。この夏にあった第二次検証環境の構築も失敗と手違いでリリースが一ヶ月近く遅れ、リリース後も不具合だらけである。毎日何十件も不具合が上がっている有り様なのだ。
実際に開発しているのはグループ外の会社なのだが、香織の会社はこれが完成した暁にはシステムを丸ごと引き継いでグループ内に展開するという事になっているのだ。なので現時点でもグループの上位会社からは毎日せっつかれている。
この極めて苦しい状況、業界で「炎上」と呼ばれるこの状況を何とか整合していたのがプロジェクトマネージャーたる加賀だったのだ。
そして香織は、その加賀が突然緊急の用事でプロジェクトを離れる事になったから君にプロジェクトマネージャーを引き継いで欲しいと言われたのだ。
「まさかと思いますが加賀さんの代わりのイケニエじゃないですよね?」
香織はおどけた口調で、でも内心では結構本気でそう訊いた。いや状況を考えたらそうであってもおかしくないのだが。
「いや、違うと思うんだけどなあ……」
佐藤部長は曖昧な事を言った。
「そもそもこんな大炎上中に他に緊急の用事って何かあるんですかね?」
香織は独り言のようにそう言った。人事や社外秘に類する事なのでそう言ったのだ。
「いや分からん」
佐藤部長も独り言のようにそう言った。
「…………」
香織も言葉が続かなかった。佐藤部長は誰からそう言われたのかは言わなかったが、そんなの取締役かそれ以上しかあり得ない。そんな雲の上で一体なにがあってどういう判断でこんな話になったのやら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます