手と手を合わせて【ててたま】

与太ガラス

ショートショート「手と手を合わせて」

 前を歩いているカップルが手を繋いでいる。昼間っから幸せそうに。まったく、こっちは営業がうまくいかなくてイライラしているっていうのに。腹が立つ。

「さむいね」

「うん、でも手ぇ繋いでるからあったかい」

 くそ、バカップルが。こいつらが狭い歩道で横に並んでるから追い越すこともできない。

「ねえ、あっち、公園行こ」

 女の方が指差した方向は私の行く道と同じだった。最悪だ、ずっとこいつらの後ろを歩かなきゃいけないのか。

「ねえ、スマホでメッセ打ちたいから手離していい?」

 女が片手でスマホを見せて男に聞く。

「え、ダメ。繋いだまま打って」

「ちょなにそれー、イジワルしないでよー」

 なんだこの会話。しんどすぎる。

「じゃあスマホこっちに見せて。オレが打つから」

「ちょゼッタイ変なこと書くじゃーん。しかもユナとあしの会話のぞくなし」

 どういうイチャつき方なんだよこのカップル。そんでこいつ一人称「あし」かよ。

「はいじゃこれに返事打って。公園でたっくんと手ぇ繋いで…」

 結局やんのかい。なんかちょっと面白くなってきたぞ。仕事サボってこいつらのことつけてみるか。

「ちょ全然違うから、変なこと書かないでって、うん、そうそう、それでオッケー」

 カップルは公園に入った。少し距離を取って私も後に続く。二人はベンチに座った。しかし手は繋いだままだ。

 私は声の届く位置にあるベンチに腰を下ろした。

「もっしーユナ? いま公園でぇ、そうそう、うん、はいじゃねー」

 女は男に電話を掛けさせ、自分の耳に当てて通話していた。もう一人電話を掛けるようだ。まったく暇な生活をしてやがる。いったいどんな友達が来るのか。

 二人は相変わらず手を繋いだままだ。しばらくすると、女の方が公園の奥に向かって手を振り始めた。いったいどんな友達が来るのかと見ていると、またも手を繋いだカップルがいるではないか。

 トントン。

 そのとき私は後ろから肩を叩かれた。振り返ると警察官の格好をした男が二人、私の目の前に立っていた。

「あ、おまわりさん、この人です。ずっと私たちをつけてきてました」

 え? いやいやいや、あ、電話してたの、もしかして警察?

「はい、ちょっとお話伺いますねー」

「ま、待って! 最後にひとつだけ!」

 警察の制止を振り解いて、なんとかカップルに声をかける。もう一組のカップルも合流している。

「なんで、その、君たちは、ずっと手を繋いでいるんだ! ずっと不自由をしながらも手を離さない理由はなんなんだ!」

「ああこれ? へへ〜これはね」

 女が繋いだままの手を上げてこちらに見せつけてくる。

「『手と手を合わせて あっためタマゴ』。通称『ててたま』。ふたつの手であっため続けると、タマゴが割れて中からかわいいマスコットが出てくるんだよ」

 恋人繋ぎしている手の間には黄色いタマゴ型のカプセルが握られていた。

 そんな。今の若い連中はそんなリア充な遊びを…。くそ、結局暇なカップルじゃないか! 私が警察官に引きずられる中、女は私に手を振っていた。


◆◆◆

SIDE B


「じゃ〜ん、今日はみんなでこれをやりま〜す」

 二限が終わった昼休み。マキがスーパーで売っている食玩ような四角いパッケージの箱を2つ取り出した。俺とシュウジがキョトンとしている中、ユナはテンションが上がっているようだ。

「キャー、かわいい! どこで買ったのこれ! 超やりたい!」

「ちょっと説明してくれる?」

 空気を壊さないように気をつけながら、箱を開け始めた二人に聞く。

「やっぱり男子は知らないかぁ。これは『ててたま』って言って。このタマゴのカプセルを両手で包んであっため続けると、鶏のタマゴが孵るみたいにタマゴが割れて、中からかわいいフィギュアが出てくるオモチャなの」

 はあ。ギミックがある子どものオモチャだ。

「その子どものオモチャを大学生4人でやるっていうの?」

 うわ、バカ、シュウジその言い方は。

「ひっどーい! 子どものオモチャってバカにして〜」

「あっいや、その」

「いまこれ、カップルの間で流行ってるんだよ。もともとひとりで両手を使ってあっためることを想定して作られてるんだけど、カップルが手を繋いでその間にこのタマゴを入れておいても孵るってわかったら、二人でタマゴを孵すことが愛の証になるっていうことで一気に広まったの」

 はあ…。え、それをいまから?

「つまり、いまから手を繋ぎ続けて、そのタマゴを孵すってこと?」

「そういうこと! 私はたっくんとペアで、ユナとシュウジくんでペアね!」

「これってどんぐらいで孵るの?」

「だいたい3時間ぐらいって書いてあるよ」

 みんな今日、午後の講義ないのか。これは逃げられないな。



「どっちが早く孵せるか、競争だよ!」

 というマキの号令のもと、手を繋ぎながら散歩をする耐久レースが始まった。ふたつの手がタマゴに触れている時間だけがセンサーらしい。そうと決まればシュウジには負けられない。

「さむいね」

 もう12月。昼間でも外の空気は冷たかった。

「うん、でも手ぇ繋いでるからあったかい」

 そんなにニコニコするなよ。普段はそれほど手を繋がないから、こっちはまあまあ恥ずかしいんだぞ。ちょっと手汗も気になるし。

「ねえ、あっち、公園行こ」

 マキは左手で公園の方を指差した。角を曲がって公園の方に向かう。

「ねえ、スマホでメッセ打ちたいから手離していい?」

 え? いいの? と言いそうになったところに、マキが左手でスマホを見せてきた。画面になにか打ち込んである。

『手離しちゃダメ。これ読んで↓↓』なんだよ、左手で打ててるじゃん。言われるままに続きの文章を読む。

「え、ダメ。繋いだまま打って」

「ちょなにそれー、イジワルしないでよー」

 なんだこの会話。しんどすぎる。

「じゃあスマホこっちに見せて。オレが打つから」

 いやマジでどういう会話? 次にマキが見せた画面で一瞬顔が固まった。

『後ろのおっさん。つけてきてる』

 チラッと後ろを振り向くと、スーツ姿の男がすぐ後ろを歩いている。でもたまたま方向が同じって可能性も…。

「ちょゼッタイ変なこと書くじゃーん。しかもユナとあしの会話のぞくなし」

 マキ演技上手いな。スマホはメモの画面が開かれている。なに? この画面で会話するってこと?

 「はいじゃこれに返事打って。公園でたっくんと手ぇ繋いで…」

 俺は単純に思ったことを打ち込んでみた。

『たまたま方向が一緒ってこともあるだろ?』

「ちょ全然違うから、変なこと書かないでって」

 男はまだ後ろにいる。もうすぐ公園だ。

『じゃあ、公園までつけてきたら警察呼ぶよ。それまで刺激しないで』

「うん、そうそう、それでオッケー」

 俺たちは手を繋いだまま公園に入った。さっきより距離はあるものの、スーツの男もついてきている。やっぱり挙動がおかしい。俺たちは手近のベンチに座った。

 マキが見せてきた連絡先から、まずはユナに電話をかける。男は声が聞こえる距離にあるベンチに座った。…残念ながら、これは黒だな。

「もっしーユナ? いま公園でぇ、そうそう、うん、はいじゃねー」

 すぐ後に110番をコールする。マキは男に悟られないように上手く警察と会話をしている。この子すごいな。

 しばらく他愛のない会話をしていたが、繋いだ手に汗が滲むのがわかる。早く警察来てくれ。

 すると公園の奥からユナとシュウジの姿が見えた。しっかり手を繋いでいる。マキが二人に向かって手を振る。男の方を見ると、やつも向こうを凝視している。あ、その後ろに。

 二人の警察官が男に声をかけた。

「あ、おまわりさん、この人です。ずっと私たちをつけてきてました」

 すかさずマキが言い放つ。

「はい、ちょっとお話伺いますねー」

 そうしておっさんは警察に連行されて行った。マキが危ない目に遭わなかったことで、少し肩の荷が下りた。おっさん、大学生がこんな遊びしてるのは申し訳ないけど、さすがにキモすぎたよ、あんたの行動。

「キャッ」うわっ。

 手の中でなにかが蠢うごめく感触がした。タマゴが孵ったのか。繋いでいた手を開くと、中からデフォルメされたかわいいライオンのフィギュアが出てきた。

「キャーかわいい! ライオンちゃんめっちゃいい!」

 マキは手放しで喜んでいる。出てきてみればただのフィギュアだが、自分たちの手から生まれたようで妙な愛着を感じる。色々あったのに手を繋ぎ続けた甲斐があった。

「困難を乗り越えた二人の愛の結晶だね。大切にしようね」

 困難を乗り越えて…。うん、それは嬉しいけど、このライオンを見るたびに、あのおっさんも思い出しちゃうんだよな。たぶん。

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